働き方改革から働きがい改革へ ~日本人の働き方はこれでいいのか~ 大田嘉仁(日本航空元会長補佐専務執行役員) 名和高司(一橋大学ビジネススクール客員教授)

「働き方改革」が叫ばれて久しい。長時間労働の是正などが主たる目的だったが、それによって得られたものとは何なのか。いまや日本の世界競争力は31位、熱意を持って意欲的に働く日本人は僅か5%にすぎないという。
京セラとJALで稲盛和夫氏の側近として長年仕えた大田嘉仁氏と一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏に、トップリーダーの仕事観・人生観を紐解きながら、私たちが目指すべき働き方についてご対談いただいた。

社員に仕事を好きになってもらうことがリーダーの役割。そのためには、何よりもまずリーダー自身がやりがいを感じてイキイキ働くことですよ

大田嘉仁
日本航空元会長補佐専務執行役員

〈大田〉 
 その通りですね。日本の経済成長率は昭和後半の30年間が6・6%だったのに対し、平成の30年間は1・3%。なぜ停滞が続くのか。その原因は経済を引っ張るべき経営者の怠慢に他ならないと思うのです。いま名和先生もおっしゃったように、経営者が小市民的発想に安住し、志を忘れてしまっている。

 日本の場合、社長になること自体が目標になっている人が多く、社長になった後のビジョン、会社を大きくし、世の中に貢献したいという思いが不足しているような気がします。

〈名和〉 
 稲盛さんもちょうど10年前、ある会見で同じようなことをおっしゃっています。「平成の失敗は、リーダーたちの強烈な願望が欠乏していたからではないか。問題は経営者の願望だ。このままでは日本はじりじりと自滅する」。

 ご著書の中でも、「今私たちは、思いの大切さをどこかに置き忘れてきてしまったのではないでしょうか。頭で考えることばかりが重視されてしまっているように思えてなりません」と語られています。グローバルスタンダードといった流行り言葉に流され、いつの間にか日本的な「心」を失い、「頭」重視のやり方に陥ったことが、平成の失敗の最も大きな要因です。

日本経済は失われた三十年といわれ、停滞し切っています。その要因をひと言で表せば、成熟という名の『緩慢なる衰退』ですよ

名和高司
一橋大学ビジネススクール客員教授

〈名和〉
 きょうは「日本人の働き方」がテーマですが、日本経済は失われた三十年といわれ、いつの間にか停滞し切っています。その要因をひと言で表せば、成熟という名の「緩慢なる衰退」ですよ。

 ファーストリテイリングの柳井正さんと10年ほど一緒に仕事をさせていただいていますが、柳井さんは日本経済の現状を「成長ではなく膨張である」と表現されています。要するに、どんどん膨れ上がってはいるけれど、足し算ばかりで新陳代謝が行えておらず、全く健全な経済状態でないと。

〈大田〉 
 以前、アメリカ人の友人が日本人は可哀相だと言っていました。ドルベースで見ると、経済成長は止まり、給料は下がり、希望が持てないと。ところが当の日本人にはその自覚すらない。だから「緩慢なる衰退」を続けてしまっているのでしょう。有名なIMD(国際経営開発研究所)の世界競争力年鑑によると、かつて日本はトップクラスを誇っていましたが、いまや31位ですよ。

 また、ギャラップ社が2020年に実施した企業の意識調査では、日本企業は「熱意あふれる社員」の割合が僅か5%。米国34%、中国17%、韓国12%と比べても大幅に低く、世界で最下位レベルです。やる気のない社員が多ければ、成長できないのも頷けます。

 加えて、日本人は幸福度も低い。「緩慢なる衰退」を続けていても、国民が幸福なら救いがありますが、世界幸福度ランキングで56位。これを見ても、誰もが現状に満足していないのは一目瞭然です。

〈名和〉 
 幸福度というとブータンが有名ですけど、ブータンは経済的に貧しい国のように見えて、国民一人ひとりの幸福度がナンバーワンの、心が豊かな国です。あそこは仏教国ですから、「小欲知足(欲は小さく、足るを知る)」を心得ています。周囲に対する愛や施しという精神、稲盛さんの言葉で言えば「利他の心」がベースにあるんですね。

 一方、いまの日本は小市民的なある種の自己満足に陥っていて、自分たちの幸せばかりを追求している。そのことに日本人はもっと危機感を抱くべきです。

プロフィール

大田嘉仁

おおた・よしひと――昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。

名和高司

なわ・たかし――昭和32年熊本県生まれ。55年東京大学法学部卒業、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。三菱商事の機械部門(東京、ニューヨーク)に約10年間勤務。マッキンゼーのディレクターとして、約20年間コンサルティングに従事。平成22年一橋大学ビジネススクール(国際企業戦略科)教授。令和2年同客員教授。4年京都先端科学大学国際学術研究院教授。著書に『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)、『パーパス経営』(東洋経済新報社)など多数。


編集後記

失われた三十年を経て、令和の時代も低迷を続ける日本経済。その原因はどこにあるか。いま求められる〝働きがい改革〟とは。稲盛和夫氏の側近を長年務めた大田嘉仁さんと一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司さんのお話を通して、仕事への活力が漲ってくるでしょう。

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