6 月号ピックアップ記事 /対談
宮本武蔵と土門 拳——二人の求道者が教えるもの 藤森 武(写真家) 福田正秀(歴史研究家)
不朽の古典『五輪書』を著し、生涯でただ一度も勝負に負けなかったという剣豪・宮本武蔵。「写真の鬼」とも呼ばれ、被写体の本質を抉り出す写真で一世を風靡した土門拳。二人の求道者はいかにして自らの道を歩み、極めていったのか。土門拳の高弟で写真家の藤森武氏と、宮本武蔵の実像に迫る画期的な論考を世に送り出してきた歴史研究家の福田正秀氏に、知られざる貴重なエピソードを交えて、熱く語り合っていただいた。
宮本武蔵
みやもと・むさし 天正10(1582)年播磨国生まれ。幼年時に美作の兵法家新免無二の養子となり兵法天下一をめざす。23歳で独立し円明流開祖となり、29歳まで60余度の勝負に全勝。大坂夏の陣で徳川方の勝利に貢献。30歳以後は兵法の道理を求め、姫路・明石の大名に養子を仕えさせて後見しながら治世にも勝つ大の兵法を極める。最後は熊本細川家に招かれ、二天一流を開き、書画・工芸や兵法書『五輪書』を遺す。正保2年(1645)逝去。享年64。
土門 拳
どもん・けん 明治42(1909)年山形県生まれ。報道写真やポートレート、スナップ写真、寺院、仏像などを撮影した戦後日本を代表する写真家の一人。「写真の鬼」とも呼ばれ、リアリズムに基づく作風で多くの人々を魅了した。平成2年80歳で逝去。著書に『文楽』『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』『るみえちゃんはお父さんが死んだ』『古寺巡礼』など多数。
土門先生には、一つの職業でちゃんと生き抜くことがどれだけ大変なことかを教えてもらいました
藤森 武
写真家
土門先生はひとたび撮影するものが決まれば、その場所に何度も何度も通うんです。1回で撮影が終わることはほとんどない。それがお寺さんであれば、お寺の住職も、「とんでもない執念だ」「こんな人見たことない」と、たちまち土門拳ファンになってしまうんですよ。
それで撮影自体も、ものすごくしつこい。被写体が仏像ならそれを1時間はずっと見ている。準備を整えて待っている弟子たちはもう退屈で仕方がないわけです。ただし、いざ「撮るぞ」と決めたら早い。一瞬で撮っていきます。
徹底して自分が納得する写真、美学を追究した土門先生は「写真の鬼」と呼ばれていました。
私は武蔵の研究を通じ、人を思う優しさが最大の武器になることを学びました
福田正秀
歴史研究家
武蔵は世の中のために武士はどうあるべきかを考え、生涯を通じて利己でなく利他のために全力を尽くし、生きた人だった。自らは一人の君主のために尽くす道を選ばず、養子を立てて藩政に鞠躬尽力させ、陰から人々を支え導いた。その根底にはやはり深い人間愛、世の平安を願う温かい心があったのだと思います。
武蔵が養子の伊織に日頃よく口にしていたのも「無私」の大切さでした。伊織が武蔵の事績を刻んだ『小倉碑文』には、「武蔵常に言う、兵術を手に熟し心に得て一毫も私無ければ、すなわち戦場に於いて恐れること無く、大軍を領する事も又国を治めることも豈難からんや」と記されています。その教えを守っていたから、伊織は家老になったのかもしれません。
プロフィール
藤森 武
ふじもり・たけし 昭和17年東京都生まれ。写真短期大学(現・東京工芸大学)在学中から土門拳に師事。『古寺巡礼』シリーズをはじめとする後期代表作の助手を務める。凸版印刷写真部を経て、フリー写真家となる。『独楽・熊谷守一の世界』『隠れた仏たち(全5巻)』『日本の観音像』など写真集多数。日本写真家協会会員。土門拳記念館理事・学芸員。
福田正秀
ふくだ・まさひで 昭和23年長崎県生まれ。放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。宮本武蔵・加藤清正など歴史人物を研究。著書『宮本武蔵研究論文集』『宮本武蔵研究第二集武州傳来記』『加藤清正「妻子」の研究(水野勝之と共著)』『加藤清正と忠廣 肥後加藤家改易の研究』他。日本歴史学会会員。(公財)島田美術館評議員。(一財)熊本城顕彰会理事。熊本県文化協会理事。
編集後記
剣豪・宮本武蔵と写真家・土門拳。生きた時代も分野も違えど、それぞれの道を極めるべく生涯全力を尽くし続けた二人の巨人の生き方を、土門拳の高弟で写真家の藤森武さんと歴史研究家の福田正秀さんに語り合っていただきました。これまであまり知られていなかった二人の実像に迫る貴重な対談となっています。
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