10 月号ピックアップ記事 /対談
情熱にまさる能力なし 佐渡 裕(指揮者/トーンキュンストラー管弦楽団音楽監督) 鈴木茂晴(大和証券グループ本社顧問/日本証券業協会会長)

日本が誇る世界的指揮者・佐渡裕氏、58歳。巨匠レナード・バーンスタインや小澤征爾氏らに師事し、ヨーロッパの一流オーケストラで毎年数多くの客演を重ねている。佐渡氏は小学生の頃から、将来指揮者になると思い描いていたという。その夢を叶えた背景にはもちろん才能もあっただろう。しかし、それ以上に運や縁を引き寄せる人並み外れた情熱、努力があったことは紛れもない。いかにして「世界の佐渡裕」は生まれたのか。佐渡氏の活動を支援している大和証券グループ本社顧問・鈴木茂晴氏に迫っていただいた。

悔しい時ほど「ありがとう」という言葉が自分を元気にしてくれるし、次に向かう原動力になると思うんです
佐渡 裕
指揮者/トーンキュンストラー管弦楽団音楽監督
プロの指揮者になってもう30年が経つわけですが、これまでたくさん失敗もしましたし、不完全燃焼に終わることもありました。僕のプロフィールにはいっぱい成功した経歴が書いてあるかもしれません。ただやっぱり、その何十倍も失敗し、悔しい思いを味わってきたので、そういう経験から得たものが大きいのかなと思うんです。
その中で、たとえコンサートマスターと喧嘩しようが、事務局とぶつかろうが、自分が引き受けた以上はよほどの重病でない限り、やり切るっていう信念は持っています。あとは、自分の判子を押せるかどうかですよね。要するに、成功するか失敗するかは分からないけれど、自分としてはここまでつくったと自信を持てるものに仕上げなきゃいけない。
いまでもヨーロッパで列車に乗ると、トラウマ感情みたいなものが湧いてくるんです。若い頃はお金がありませんから、飛行機ではなく夜行列車で移動していました。成功して意気揚々と帰ってくることもあれば、失敗した悔しさのあまり、疲れているにも拘らず、全然寝られずに一晩中過ごしたこともある。
でも、成功している自分も失敗している自分も含めて、子供の時から憧れていた指揮者になっていること自体が本当にありがたい話なので。悔しい時ほど「ありがとう」という言葉が自分を元気にしてくれるし、次に向かう原動力になると思うんです。

いま目の前の仕事、会社を好きになるまで一所懸命打ち込むことが重要ですし、自分のやりたいことを実現できる近道だと思います
鈴木茂晴
大和証券グループ本社顧問/日本証券業協会会長
よく社員に話すんですけど、苦手で嫌な仕事を与えられたり、意に沿わない部署に異動や転勤を命じられたりした時に、それでもなお一所懸命努力するか、自暴自棄になって心を腐らせてしまうか、一流と二流を分けるのはその差だと思います。
普通は「なんで俺がこんな仕事を」とか「俺はもっといい部署に行けるはずなのに」って思うんですね。だけど、社長や上司はよく考えていますし、よく見ています。そういう時にいま自分は試されていると思い、腐らず一所懸命やっていくと、会社の不満もいつの間にか消えて、どんどん好きになっていくんです。結果的に周囲の評価も上がって、好循環へと繋がっていく。
私自身、最初は本店営業をやっていまして、その後田舎の支店に異動しました。最初こそ辛かったものの、次第に支店も面白いなと思って、全国トップクラスの成績を上げられるようになったんです。
また、営業歴10年以上経った時になぜか突然、秘書を務めることになりました。細かいことが苦手で自分のことすらままならないにも拘らず(笑)。そんなわけで秘書は全然向いていない、絶対できないと思っていたんですけど、一年経ったら、これは私の天職かもしれないって(笑)。
ですから振り返ると、その場その場をいつも楽しんできたという感覚があるんです。
いま目の前の仕事、会社を好きになるまで一所懸命打ち込むことが重要ですし、自分のやりたいことを実現できる近道だと思います。
プロフィール
佐渡 裕
さど・ゆたか――1961年京都府生まれ。1984年京都市立芸術大学音楽学部卒業。1989年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。
1995年第1回レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクール優勝。2015年9月より、オーストリアを代表し100年以上の歴史を持つトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督に就任。国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者を務める。著書に『棒を振る人生』(PHP新書)など。
鈴木茂晴
すずき・しげはる――1947年京都府生まれ。1971年慶應義塾大学経済学部卒業後、大和證券入社。引受第一部長、専務取締役などを経て、2004年大和証券グループ本社取締役兼代表執行役社長、大和証券代表取締役社長。2011年大和証券グループ本社取締役会長兼執行役、大和証券代表取締役会長。2017年大和証券グループ本社顧問。同年7月日本証券業協会会長に就任。
編集後記
創刊41周年記念号となる本号のトップ対談を飾るのは、指揮者の佐渡裕さんと大和証券グループ本社顧問の鈴木茂晴さんです。音楽と経営、異なる道を歩んできたものの、「いかにして組織のベクトルを合わせるか」「天職に辿り着く秘訣」など共通点が多く、学びと感動溢れるお話でした。

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