編集長手記/特集「学を為す、故に書を読む」に込めた思い

幕末の大儒・佐藤一斎の遺した言葉

このほど発刊された月刊『致知』最新号(20237月号)の特集テーマは「学を為す、故に書を読む」です。これは江戸時代後期の大儒者・佐藤一斎が遺した言葉で、その著書『言志録』十三条に記されています。

佐藤一斎は、平均寿命が40歳とか50歳といわれる時代に生を享けながら、88歳でこの世を去った長寿の人です。70歳にして徳川幕府の最高学府である昌平黌(昌平坂学問所/現・湯島聖堂)の儒官、いまでいう大学総長に就任しました。全国230を超える各藩の藩校の成績優秀者が昌平黌に送り込まれ、一斎のもとで学んだ弟子の数は3000人に達したといいます。

一斎の功績の中でも特筆すべきは、42歳から82歳に至るまで、実に40年もの歳月をかけて、「言志四録」(『言志録』『言志後録』『言志晩録』『言志耊録』の4冊の総称)という語録集を完成させたことでしょう。

一斎の死後も師と仰ぐ人は数知れず、世界的ベストセラーとなった内村鑑三の名著『代表的日本人』に取り上げられている西郷隆盛は、「言志四録」の中から特に心に響いた101箇条を選び出し、手抄本をつくり、常に座右に置いていたほどの傾倒ぶりです。

「学を為す、故に書を読む」

学を為すために書物を読む。ここでいう「学」とは、学校の勉強に象徴されるような知識・技能を学ぶことではなく、人間いかに生きるべきかという人間学、つまり自らの人格・徳性を養うための学びを指しています。

人間としての正しい道を踏み外さない判断力や行動規範を、歴史上の先達の生き方や古典に説かれている考え方を通して学び、日々実践を繰り返すことで修練を重ね、人間力を高めていく。それこそが真の学問の目的であり、書物を読むことはあくまでも手段にすぎません。

本誌の特集欄にご登場いただいた13名の方は年齢も立場も職業も専門分野も様々ですが、何のために書物を読むのか、人間力を高める読書とは何か、どのような本を読むべきか、読書の意義や効用、具体的な読書法といったことに関して、それぞれの実体験を通して語られている内容には驚くほど通底するものがあります。

何のために本を読むのか

例えば、決して示し合わせたわけではないにも拘らず、本誌の中で何人もの方が引用されているのが、佐藤一斎の有名なこの言葉です。

「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」

若い時にひたむきに人間修養の道を学べば、壮年になってひときわ優れたことができるようになる。壮年になってもなお学び続ければ、老いても精神が衰えることはなく、むしろ歳と共に向上していく。そして、老いてもさらに学び続ければ、その魂は朽ちることなく、死後も多くの人々の心を照らす光となる、という意味です。

本誌22頁には、昭和の政財界リーダーから師と仰がれ、東洋思想の泰斗と称される安岡正篤先生のユーモラスな教えが紹介されています。

滔々と仏教の知識を捲し立てる仏教学者に対して南隠という偉い禅僧が「あんたは牛のけつじゃな」と話したという面白い話があります。モーと鳴く牛の尻、つまり、もうのしり(物知り)と揶揄したのです。

この逸話を紹介した後、安岡先生は、

「物知りというものは勿論結構、場合によっては面白い、或る種の値打もある。あるけれども、人間の本質的価値になにものも加えるものではない。況や物知りを自慢にするなどというのは、これくらいたわいのない事はない」

と述べ、単なる頭でっかちになってしまうことの愚を諭されています。

「知の巨人」と謳われた碩学・渡部昇一先生も、読書に関してこのようにおっしゃっていたと本誌51頁に書かれています。

読書は自分で経験しようと思ったら何十年もかかるような、その著者の一番大事なエッセンスをパッと掴むことができる非常に便利なもの。時空間を超えた著者との対話ができる。書かれた内容について自分で考え、共感や批判を通して物の見方を養う。そういう追体験を積み重ねていくことで自己を高めていくのが読書の大きな意義だと。

渡部先生は「知の巨人」という異名の通り、専門の英語学に留まらず、古典・歴史・哲学・偉人伝・人生論・国際情勢など、あらゆる分野に精通されていました。しかし、「知の巨人」であると同時に、「修養の巨人」であったというのが先生の薫陶を受けてきた私の実感です。

弊社刊『修養のすすめ』の中で、渡部先生は新渡戸稲造やサミュエル・スマイルズ、アレキス・カレル、野間清治に学んだ修養法を披露されていますが、その締め括りにこう綴られています。

「(彼らに共通するのは)高い志と不断の努力、そして、それを続けることの大切さ、さらに付け加えれば個人一人ひとりを他にかけがえのないものとして大切にしていることです。皆さんもぜひ、先哲に学び、一人ひとりの人間力を高めていかれることを熱望します」

人は何のために学ぶのか、なぜ読書をする必要があるのか。その問いに対して古の先達が平易明快に答えている一節があります。

「君子(くんし)の学は通ずる為に非ざるなり。窮して而も困(くる)しまず、憂いて而も意(こころ)衰えず、禍福終始を知りて、心惑わざるが為なり」

君子の学問は立身出世のためではなく、窮して苦しまず、心配事があってもへこたれず、何が禍で何が幸福か、それがどう終わり、どう始まるのかを知って、心を惑わされないためである、という意味です。

いかなる順境にも逆境にも振り回されることなく、ブレない心を磨き高めていくために人間学を学ぶ必要があるのです。

「学を為す」人生を歩む13名の体験談

とかく人間は慢心したり安きに流れやすい生き物です。だからこそ、心を磨き高める学びは一生であって、「これでいい」というゴールはありません。『致知』が定期購読制を採用し、学び続ける習慣を提供している理由もそこにあります。

おかげさまで『致知』は今年創刊45周年の節目を迎え、出版不況や活字離れといわれる時代の中で、熱心な愛読者の口コミによって広まり続け、現在117千人の方が心待ちにする月刊誌になりました。

ここで読みどころ満載の最新号(20237月号)特集「学を為す、故に書を読む」の重厚なラインナップを一挙にご紹介いたします。

●対談

「佐藤一斎に学ぶ人間学」

窪田哲夫(ジョルダン非常勤監査役)
 ×
上寺康司(福岡工業大学教養力育成センター教授)

幕末の大儒・佐藤一斎が40年以上の歳月をかけて著した「言志四録」は古来、多くの人の人生や仕事の指針となってきた名語録です。「学を為す、故に書を読む」という言葉のように、一斎その人が書物を通して自らを鍛え錬り磨いた人でした。

共に岐阜県恵那市「佐藤一斎 言志四録 普及特命大使」を務める窪田哲夫さんと上寺康司さんに一斎の人生や「言志四録」からの学び、今日的意義についてお話しいただきました。お二人の話を通して、一斎の教えが現代に息づいていることに気づかされます。

2023年7月号 対談/窪田哲夫×上寺康司

●エッセイ

「安岡正篤講話録 『活学』に学ぶもの」
三木英一(英斎塾塾長)

戦後、政財界のリーダーたちが師と仰いだ東洋思想家・安岡正篤師。その没後40年を記念して師の講話録『活学』が弊社から復刊されました。半世紀以上前に語られたものですが、その内容は驚くほど現代に通じています。

同書の魅力や読みどころについて、長年安岡師に私淑してこられた英斎塾塾長で全国木鶏クラブ代表世話人会会長の三木英一さんにお話しいただきました。長年、師に傾倒し安岡教学を伝え続けてきた求道の人でなくては醸し出せない味わいがあります。

2023年7月号 エッセイ/三木英一

エッセイ

「人生を豊かにする一生モノの読書術」
鎌田浩毅(京都大学名誉教授)

京都大学の人気NO.1教授として、長年教鞭を執った火山学者の鎌田浩毅さん。専門は地球科学でありながら、鎌田さんの著作は勉強術や読書術まで幅広いテーマで執筆されています。その博学多才さはいかにして磨かれたのでしょうか。読書遍歴を辿りながら、人生を豊かにするヒントを探ります。

謙虚に先人や古典に学ぼうとされるお人柄、明朗で軽妙洒脱な語り口に、京大の学生たちから圧倒的な支持を集める所以を垣間見る思いです。

2023年7月号 エッセイ/鎌田浩毅

エッセイ

「国語力が子供たちの人生の土台をつくる」
小泉敏男(東京いずみ幼稚園園長)

3歳から6歳の子供たちが大人でも難しい古文・漢文をすらすらと読んでしまうという驚きの幼稚園があります。小泉敏男さんが47年前に創立した「東京いずみ幼稚園」(東京都足立区)です。

試行錯誤の中から創り上げた独自の教育カリキュラムで、無限の可能性を持つ子供たちの能力を伸ばしてきた小泉さんに、これまでの歩みを辿っていただきながら、教育者としての思い、これから求められる幼児教育のあり方について語っていただきました。国語力が人生に与える影響の大きさを感じずにはいられません。

2023年7月号 エッセイ/小泉敏男

インタビュー

「向かい風の時には自分に深みをつけよ」
堤 裕(紀文食品社長)

竹輪や蒲鉾、おでんの具材など、家庭でもお馴染みの水産練り物でトップシェアの紀文食品。社長の堤裕さんは、激務の合間に毎年100冊以上の本を読む読書家ですが、かつては本など必要ないと思っていた時期もあったといいます。学ぶことの大切さに目覚め、仕事や人生の知恵を求めて真剣に書物と向き合うようになったきっかけは何だったのでしょうか。

2023年7月号 インタビュー/堤 裕

インタビュー

「自分を変え、夢を叶えるための読書」
望月俊孝(ヴォルテックス代表)

自分の夢を見つけ、叶えるための独自メソッド「宝地図」をはじめ、人生を豊かにするエッセンスをセミナーや出版など様々な形で発信し続けている望月俊孝さん。30代半ばで独立、事業の失敗、多額の借金、闘病……そこからの再起の歩みを導いた伴侶が3万冊に上る書物だったといいます。望月さんを形づくる読書法を披歴いただきました。

2023年7月号 インタビュー/望月俊孝

インタビュー

「明日の成長に祈りを込めて」
甲斐拓也(福岡ソフトバンクホークス選手)

5WBC3大会ぶり3度目の世界一を掴んだ侍ジャパン。同チームの「扇の要」としての活躍が記憶に新しい甲斐拓也捕手は、育成選手からプロ入りし、苦節を経て史上初の記録を打ち立ててきた人物です。栗山英樹監督や工藤公康監督、野村克也監督ら幾多の恩師や、平澤興先生の書物『生きよう今日も喜んで』を通じて交わり、自己鍛錬してきた軌跡を追いました。

2023年7月号 インタビュー/甲斐拓也

エッセイ

「渡部昇一先生に学んだ自己修養と読書」
江藤裕之(東北大学大学院教授)

「知の巨人」「稀代の碩学」と称された上智大学名誉教授・渡部昇一先生。2017417日に86歳で天寿を全うされましたが、七回忌を終えたいまなお多くの人を感化してやみません。

渡部先生の直弟子として専門の英語学に留まらず、古典・歴史・哲学などを通して人生観・仕事観を築いてきた江藤裕之さんに、恩師との出逢い、忘れ得ぬ思い出、心に残る言葉や教えを回顧していただきました。それは在りし日の渡部先生を彷彿とさせるエピソードばかり。直弟子が語る恩師に学んだ自己修養と読書のあり方とは――。

2023年7月号 エッセイ/江藤裕之

●対談

「人間学の学びが子供たちに与えるもの」
~日本一に輝き続ける学校は何が違うのか~

野田一江(箕面自由学園高等学校チアリーダー部監督)
 ×
岩城規彦(中村学園女子高等学校剣道部監督)

コロナ禍で満足に教育の機会が提供されず、またIT化により大きく変貌しつつある現代の教育現場。そこに〝人間学〟の学びがもたらされると、子供たちはどう変わるのか。

高校女子スポーツ界において何度も日本一に輝き、全国優勝常連校として君臨する箕面自由学園高校チアリーダー部と中村学園女子高校剣道部は、『致知』を使った勉強会「学内木鶏会」を導入して共に2年が経過しました。両校の監督を務める野田一江さんと岩城規彦さんに、現場の生の声や選手の人間性を高める指導の秘訣を伺いました。

2023年7月号 対談/野田一江×岩城規彦

対談

「良書の学びが我が人生を創ってきた」

佐藤義雄 (住友生命保険特別顧問)
 ×
前田速夫(元『新潮』編集長)

日本を代表する保険会社と出版社にて重責を担い、それぞれの道を切り開いてきた人物がいます。住友生命保険特別顧問の佐藤義雄さんと元『新潮』編集長で現在は民俗研究に携わる前田速夫さん。

幼い頃から読書に目覚め、その学びを人生・仕事に活学してきたお二人に、良書が持つ力、読書を通じて己を磨き高める「学を為す、故に書を読む」の要諦を語り合っていただきました。

私たちがよりよく生きていく上でいかに良書との出逢いが大切であるか。この対談には、読書の深奥な世界へといざなう珠玉の体験談が満載です。

2023年7月号 対談/佐藤義雄 ×前田速夫

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