6 月号ピックアップ記事 /対談
読書立国への道 數土文夫 (JFEホールディングス名誉顧問) 齋藤 孝(明治大学文学部教授)

日本人の読書離れが叫ばれて久しい。JFEホールディングス名誉顧問の數土文夫氏と、明治大学文学部教授の齋藤孝氏は、共にこの現実に警鐘を鳴らし続けてこられた。深刻な日本の現状を直視し、お互いの読書体験を振り返る中で見えてきたのは、先人の書の持つ偉大な力と、精神文化を継承していくことの重要性である。日本再生の鍵ともいえる読書立国への道とはどのようにして拓かれるのか。

読書というものは志を抱く契機になるし、悲歎や逆境に至った時に耐性や抵抗力を保持する力にもなる。
人生百年時代を迎えて、ますますその価値は高まるでしょう
數土文夫
JFEホールディングス名誉顧問
〈齋藤〉
數土先生、お久しぶりです。先生と『致知』で対談するのは2023年に『実語教』『童子教』について語り合って以来ですね。
先生は戦前の精神文化を受け継いでこられた世代だと思いますが、私は学生たちが文学や哲学、芸術を学んでは語り合って青春を謳歌していた旧制高校の文化に若い頃からずっと憧れを抱いていました。教養豊かな先生を通して、その時代の空気のようなものを感じるんです。
〈數土〉
折に触れて読書について啓発されている齋藤先生を私はとても敬愛していますから、そう言っていただいて恐縮します。
ところで、きょうの対談のテーマは「読書立国」ということですが、これはなかなか難しいテーマですね。読書は国づくりの根幹であることを私はいつも痛感しているのですが、日本人の間で本を読むという習慣がいまやすっかり失われてしまった感があります。
〈齋藤〉
ええ。とても残念なことですよね。
〈數土〉
よく「失われた30年、40年」と言われますでしょう。私はそうなってしまった原因の一つは日本人が読書をしなくなったことにあると思っているんです。
経済と読書に何の関係があるのかと思う人もいるでしょうが、これは決して無関係ではありません。
明治時代、日本は列強の植民地になることなく、維新から約20年後には大国・清と戦争して勝つくらいの国際的な地位を占めました。それを可能にしたのは、当時日本に来ていた外国人が驚いたほどの識字率の高さなんです。江戸後期、至る所に貸本屋があって庶民の識字率は80%に上っていたといわれます。
当時、ロンドンの識字率は20%に満たず、フランスに至っては10%だったことを考えると日本は格段に高かった。
識字率が高いことは、政治が隅々にまで行き渡り、新しい情報を共有できることを意味します。また、お互いに負けないように学び合って切磋琢磨していく風土もそこで育まれたわけです。

読書は子供たちの明るい未来をひらいていくものだと思っていますし、それがひいてはよりよき社会、日本の立国へと繋がる道であると信じています
齋藤 孝
明治大学文学部教授
〈數土〉
一方、これは齋藤先生の前で恐縮ですけれども、いまの大学生はちゃんとした本を1年に1冊も読まないというじゃないですか。それでも世の中、渡っていけると思っている。人生百年時代と言われるこの時代に、読書をせずに人生を乗り切っていけると感じているところに私は日本の危うさを感じずにはおれませんね。
しかも、それが学生だけではないんです。政治家、官僚、学者から一般庶民に至るまで共通して本を読まなくなってしまった。
読書の素晴らしさや重要性を一貫して伝えてこられた齋藤先生は、きっとこの現状を深く憂えていらっしゃると思うのですが、いかがですか。
〈齋藤〉
いや、おっしゃる通りですね。例えば、大学生に何かスピーチをしてもらって1分くらい聞いていると、その学生の読書量がおおよそ分かるんですね。話の中に読書をして得られる語彙が含まれている学生とそうでない学生がいて、話し言葉だけでは、どうしても思考が限られて浅くなってしまう気がします。
気持ちを表現するのに、読書をしていると「暗澹たる」といった書き言葉で用いられる表現も自然に出てきます。読書量の差はそのまま語彙力や思考力の差であることは間違いないでしょうね。……(続きは本誌をご覧ください)
~本記事の内容~
◇読書量の差はそのまま語彙力や思考力の差
◇精神文化の継承なくして心は安定しない
◇読書を通して人間の多様な生き方を知る
◇欧米人を感動させた日本人のインテリジェンス
◇学び続ける風土が日本に根づいていた
◇承認欲求が人の成長を遅らせる
◇新渡戸稲造が説く読書の効用
◇読書を通して精神力が強くなる
◇読書活動を学校教育の中心に
◇日本の精神文化は読書によって培われた
プロフィール
數土文夫
すど・ふみお――昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。著書に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。
齋藤 孝
さいとう・たかし――昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。著書に『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『齋藤孝の小学国語教科書全学年・決定版』『人生がさらに面白くなる60歳からの実語教/童子教』(いずれも致知出版社)など多数。
編集後記
數土文夫さんと齋藤孝さんの対談は2023年12月号に続いて2度目。読書について一家言をお持ちで、共に修養家であるお二人は、前回からさらに一段と意気投合し、今回は日本精神を伝承するための読書の重要性を熱く語られました。少年期から長編文学に親しむほどの愛書家だからこそ語り得る読書の醍醐味や、読書離れの現状に対する具体的な打開策が次々に展開され、現代日本人に目覚めを促す深みのある内容です。

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