5 月号ピックアップ記事 /対談
人を幸せにする経営のあり方 塚越 寛(伊那食品工業最高顧問) 滝田 栄(俳優/仏像彫刻家)

「かんてんぱぱシリーズ」でお馴染みの長野県の伊那食品工業は、年輪経営に軸足を置いた独自の経営で知られる。売り上げや利益を追わず社員の幸せを目的として確実な成長に導いてきた最高顧問・塚越寛氏の経営手法は、いまやトヨタ自動車をはじめとする全国の名だたる企業までが注目するところとなった。貧困や病など多くの逆境に見舞われながらも、試練を逞しく乗り越えて有名企業に育て上げた塚越氏。その人生や経営に対する思いを、長年の知己で氏を敬愛する、俳優で仏像彫刻家の滝田栄氏にお聞きいただいた。

私が88年の人生体験の中から申し上げられるのは、たとえどん底に落ちたとしても決して人生悲観することはない、これからよくなっていけばいいじゃないか、と考えを転換することですね。
一気に何かをなそうとせずに、末広がりによくなっていく地道な努力をし、そのための種まきを怠らないことだと思います
塚越 寛
伊那食品工業最高顧問
〈滝田〉
きょうはお会いできるのを楽しみにしてきました。僕は塚越さんを心から敬愛していて、塚越さんの人生や会社経営の思いを広く多くの人に知っていただきたいという思いで『致知』の編集者に推薦したんです。
塚越さんの想像を絶するご苦労と、そのご苦労を糧に社員さんの幸せのために努力されてきたお姿は大きな感動、共感を与えてくれるでしょうし、日本を超えて世界中の経営者に人が生きる意味と働く意味を呼び覚ましてくれると僕は確信しています。
それできょうは人生の大先輩である塚越さんの人生観や仕事観を僕のほうから引き出したいと思っているんですが、ふと思ったんです。普段お呼びしているように「塚越さん」でいいのかなと。突然に「最高顧問」とお呼びするのも少し変ですしね(笑)。
〈塚越〉
いや、いつもの通り自然体でいきましょう。俳優として一世を風靡した滝田さんに声を掛けていただき恐縮しているのは、むしろ私のほうですから。
滝田さんとのお付き合いも長いですね。かれこれ20年近くになりますか。
〈滝田〉
ええ。親しくさせていただいている河越さんという鳥取県の社長から「滝田さん、素晴らしい人がいるからぜひ会ってよ」と言われましてね。
「どういうところが素晴らしいのですか」と聞いたら、「会社は働く人のためにあると一貫した理念を掲げて、その言葉通りの経営をされている」と。このひと言にとても驚きましたが、正直、最初は半信半疑でした。というのも、僕はそれとは正反対の人とばかり出会っていたからです。

仏像を彫るのは、木の塊から要らないものをすべて捨てていく作業なんです。
要らないものを取り尽くすと、そこに素敵な仏様が姿を現される。
自分の中の要らないものをすべて削ぎ落としたら、本物に近づける気がしているんです
滝田 栄
俳優/仏像彫刻家
〈滝田〉
とりわけ、僕が生きてきた演劇など芸能の世界というのは、おそらく想像もできないほど過酷なサバイバル社会です。僕なんかまさに搾取の対象で「滝田をどう使ったら儲けられるか」、そのことばかり考える人たちの中で生きてきましたから、経営の真剣勝負の世界で、働く人にそこまでの思いを馳せる人が本当にいることが信じられませんでした。
バブルが崩壊した後も、それまで使い放題使っていた社員をばっさばっさと切り捨てて収支を合わせようとする大企業の社長を見ながら、「日本人として恥を忘れたんじゃないか」と憤りすら感じていました。ですから経営者というものに対する印象は決してよくはなかったんです。
〈塚越〉
厳しい世界に身を置いてこられたからこそ、そのことを実感されたのですね。
〈滝田〉
それで、確か河越さんからお話をいただいてからしばらくして、塚越さんは河越さんと一緒に八ヶ岳の僕の自宅にお見えになったのでしたね。
〈塚越〉
はい。その時、滝田さんは手作りの料理を振る舞ってくださいました。私たちは2階の客室に案内されたのですが、下の厨房にタタタタッと下りていって、おいしい山菜料理をササッとこしらえて運んでくださった。テレビの料理番組を長年やっていらっしゃったことは存じ上げていましたが、その料理はまさに絶品でした。
〈滝田〉
あの日、一晩掛けて玉露の水出しを準備して最初にお出ししたんです。一口飲んで本当においしそうな表情をされるのを見て「よかった。思いが通じたな」と(笑)。それが塚越さんとのご縁で、それから親しくお付き合いする中でだんだんそのお人柄に惚れ込むようになりました。
特に感動したのは、……(続きは本誌をご覧ください)
本記事の内容 ~全10ページ~
◇社員の幸せを実践を通して形に
◇何より大事なのは演じ終えた後の自分のあり方
◇確実な低成長を遂げる「年輪経営」
◇経営の原点となった母の生き方
◇貧しさと病気は貴重な試練
◇「底辺にいるほど可能性がある」
◇契約書なしで取り引きが継続する理由
◇誰かに尽くせば必ず返ってくる
◇社員のモチベーションをいかにして高めたか
◇本当の幸せはどのようなものか
◇一つの道を掘り下げることで新しい世界が開けてくる
プロフィール
塚越 寛
つかこし・ひろし――昭和12年長野県生まれ。33年伊那食品工業入社。58年社長就任。会長を経て令和元年より最高顧問。経営哲学である「年輪経営」は経済界に多大な影響を与え、塚越氏を師と仰ぐ経営者は多い。科学技術庁長官賞、農林水産大臣賞、黄綬褒章、旭日小綬章、渋沢栄一賞など受賞・受章多数。著書に『いい会社をつくりましょう』(文屋)など多数。評伝に『評伝 伊那食品工業株式会社 塚越寛』(あさ出版)。
滝田 栄
たきた・さかえ――昭和25年千葉県生まれ。中央大学在学中に演劇と出合い、文学座演劇研究所から劇団四季を経て独立。58年のNHK大河ドラマ『徳川家康』で主演。『草燃える』『なっちゃんの写真館』などのテレビドラマでも活躍。舞台『レ・ミゼラブル』は62年の初演から14年間主役を演じ続ける。料理番組『料理バンザイ!』の司会は57年から20年間務めた。40代で仏像制作を始め、現在は長野県八ヶ岳を拠点に仏教の研究、自然保護活動などを続けている。
編集後記
「僕が心から敬愛する経営者がいます。『致知』でぜひ紹介してもらえませんか」。伊那食品工業最高顧問の塚越寛さんと俳優で仏像彫刻家の滝田栄さんの対談は、滝田さんのこのひと言がきっかけで実現しました。「いい会社をつくりましょう」という理念を具現化し、錚々たる経営者から師と仰がれる塚越さん、人間としてのあるべき道を探究し続ける滝田さん。高い志に向けて歩き続けるお二人の魂が共鳴し合う有意義な対談となりました。

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