艱難の中に飛躍の芽あり 木下宗昭(佐川印刷会長) 福地茂雄(アサヒビール社友)

自宅の一室を事務所代わりに、自転車1台で立ち上げた印刷業を、年商1,000億円を超える企業グループに育て上げた木下宗昭氏。事業を巡る様々な艱難を、飛躍の芽に転じてきた原動力は何か。その足跡と経営観、人生観について、かねて昵懇の間柄である福地茂雄氏に聞いていただいた。

とにかく現状に胡坐を掻くことなく「前に前に」「きょうも挑戦」という精神で熱心にお客様を回っていると、自ずと仕事は集まってくる

木下宗昭
佐川印刷会長

「創業してほどなく、佐川急便創業者の佐川清元会長とご縁をいただいて、運命が大きく変わったという思いがございましてね。ご本人のお許しをいただいて、昭和51年に『佐川印刷』に改めたのです。途中で何度も、もう通うのはやめようかと思いましたが、3年3か月通った時に、初めて名刺のご注文をいただいたんです」

とかく楽をして手に入れたものというのは、ありがたみがないからあまり身につきません。やっぱり苦労して、苦労して、苦労して勝ち取ったものこそ、真に自分のものになる

福地茂雄
アサヒビール社友

「スピードについては、私も営業時代に『より早く、もっと速く』とよく言いました。『より早く』というのは早く着手すること。いつまで考えているんやと(笑)。『もっと速く』は着手したらスピードを上げるという意味なんです。
 アサヒビールが伸びたのはスーパードライのおかげだとよく言われますけど、スーパードライがあそこまで売れた要因の一つに、当時の樋口社長の設備投資に対する絶妙の勘がありました。普通の理屈で考えたら、クレイジーと言われるような投資を断行して、それが見事に的中するんです」

プロフィール

木下宗昭

きのした・むねあき――昭和18年京都府生まれ。高校卒業後に山一證券、印刷会社のロクマを経て、45年キノシタ印刷を創業。社長に就任。51年佐川印刷に社名変更。カラー印刷物から各種帳票に至るまで、商業印刷物全般を手掛ける。平成18年より会長。

福地茂雄

ふくち・しげお――昭和9年福岡県生まれ。32年長崎大学経済学部卒業後、アサヒビール入社。京都支店長、営業部長、取締役大阪支店長、常務、専務、副社長を経て平成11年社長に就任。14年会長。18年相談役。20年第19代日本放送協会会長(23年まで)。


編集後記

特集の締め括りは、佐川印刷会長の木下宗昭さんとアサヒビール社友の福地茂雄さんのご対談です。木下さんは、なぜご自身の名ではなく、佐川という名を社名に掲げているのか。そこに込められた思いや、少年時代から創業期、そして現在に至る道のりを福地さんにお聞きいただき、人生や仕事を大きく開花させる生き方を探りました。

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