小林秀雄の読書術 実妹が語った「知の巨人」の横顔

文芸評論家として比類なき足跡を遺した小林秀雄。いまなお熱烈な読者を持つ文学者は、幼少期からどのように本と付き合ってきたのでしょうか? 実妹の高見澤潤子さん(故人)が当時の思い出を語った貴重な内容をお贈りします。

読書に早熟だった人

〈髙見澤〉
兄は文章を文字通り心血注いで書いたものですが、その読書の仕方も並大抵のものではありませんでした。

私は小学校、女学校のころ、兄と同じ部屋でいつも一緒でしたからよく知っていますが、兄は子供の時分から本をよく読んでいました。

兄の子供のころのイメージは、読書をしている姿でした。一緒に机を並べて、まねをして私もよく読んだものでしたが、読む本が違うのです。いまから思えば、兄は子供の時から、大人の読む難しい本を読んでおりました。

例えば谷崎潤一郎などを読んでいました。小学校を出るかどうかのころですから、読書に関するかぎり早熟であったかもしれません。

生活面では腕白な人で、私をからかっておもしろがっていた人でしたが、私が旧制女学校に上がるころ、兄は中学校二年でしたが、夏目漱石はいいぞ、いいから読めと勧めたりしました。それで私も素直に読んだものです。

鋭く考え、実行した読書論

兄の本の読み方というのは一種独特で、高校生時代などは、5、6冊並行して読んでいました。これは電車の中、これは家で読む本、これは教室で怠けて読むもの、という具合にです。

一般には濫読(らんどく)はいけないとよくいいますが、兄は『読書について』という文章で、必ずしもそうではないと書いています。濫読必ずしも害ならず少し長くなりますが、その断片を引いてみます。

「その当時の常軌を外れた知識欲とか好奇心とかは、到底一つの本を読み終ってから他の本を開くといふ様な悠長(ゆうちょう)な事を許さなかった」

「若(も)しかしたら、読書欲に憑(つ)かれた青年には、最上の読書法だったかも知れない」

「濫読の害といふ事が言はれるが、こんなに本の出る世の中で、濫読しないのは低脳児であろう」

「努めて濫読さへすれば、濫読に何んの害もない。寧(むし)ろ濫読の一時期を持たなかった者には、後年、読書がほんとうに楽しみになるといふ事も容易ではあるまいとさへ思われる。 読書の最初の技術は、どれこれの別なく貪(むさぼ)る様に読む事で養はれる他はないからである」

兄らしく思い切ったいい方ですが、そのように考えていたようです。またその通り実行したのでしょう。


(本記事は『致知』1992年6月号 特集「読書と人生」より一部を抜粋・編集したものです)

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 昭和48年、学生時代に小林秀雄と邂逅した著者が綴る、文士との交流の思い出とその異彩を放つ評論活動、生涯の力点。
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