「心はどこにある」——長渕剛氏が最愛の母から受けた教え

1978年にデビューして以来、「乾杯」「巡恋歌」「とんぼ」「MOTHER」など数々のヒット曲を世に送り出し続けているシンガーソングライターの長渕剛さん。
『致知別冊「母」2022』ではお母様との心温まるエピソードや、音楽家としての原点、名曲誕生秘話を語っていただきました。今もなお長渕さんの心に残る母の教えとは――。
〈写真:©七海麻子(Image Production ヒミツ基地)〉

DNAに刻まれたメロディー

――長渕さんにとってお母様はどういう存在ですか?

〈長渕〉
どう振り返っても、母は僕の師ですね。僕が生まれる前に兄を生後間もなく亡くしていますので、念願の男の子だったと思います。当時は高度経済成長の走りの頃で貧しかったですし、僕は非常に病弱なガキでした。父は警察官で地域のために一所懸命外回りをしていましたから、ほとんど家に居ない。母から影響を受けたっていうか、ほとんど母子家庭みたいなもんです。

一番厳しかったのは、「嘘をつかない」ということですね。

――ああ、嘘をつかない。

〈長渕〉
小学生の時に習い事をサボったことがありました。その嘘が母にバレて、そういう時は決まって三回問い詰められるんです。神仏の前に正座させられて、「行ってないよね」と聞かれて「行った」って答える。

「二回目、聞くよ」
「いや、ちゃんと行ったんだ」。

で、三回目になるとやっぱり良心の呵責というか、三回も嘘をつくのかと後ろめたくなって、「嘘だよね」って言われた時に黙っちゃう。そうすると、真っ暗な押し入れの中に一時間くらい放り込まれた後、再び神仏の前に正座させられ、母が

「心はどこにある」

と聞くんです。僕は

「……うーん……どっか、このへん」

と自分の胸の辺りを指します。すると母は、ビシッと、

「どこだか分からないから、自分の心を示すために言葉と行動があるんだよ!言葉と行動そのものがあんたの心!!覚えておきなさい」

と言うんです。

―― 含蓄に富んだ教えです。

だからといって、生涯嘘をつかないで生きてきたわけじゃないんですが、ただやっぱり人が不幸になる嘘ってありますから、それは小さい頃から言わないようにしてきました。

それから母は苦しい時や悲しい時に、よく歌を口ずさんでいました。童謡です。おそらく僕のDNAに刻み込まれているメロディーっていうのは、母を通して聴いた童謡が非常に大きく影響しているんじゃないかなと思います

――お母様の歌っていた童謡が長渕さんの音楽家としての原点なのですね。

〈長渕〉
家の近くにある小高い山の畦道を登っていくと水源地があって、母は父と喧嘩をしたりすると、僕を連れてそこに行くんです。

いまでもその情景が目に浮かびますけど、切り株に腰を下ろして童謡を歌ったり、自然を眺めたり、つくったおにぎりを食べさせてくれたり、夕焼け空になるまでじっと佇んでいる。父は国家公務員とはいえ、給料は本当に安かった。母はそんな中で姉と僕を育てながら家庭を切り盛りしなければならない。だから、金銭の苦労、それに伴う父との諍いは絶えなかったんでしょう。

その時の母の背中とか歌声、夕焼けの茜色、そういったものが子供心にも悲しいほど切なく感じられました。


(本記事は『致知別冊「母」2022』を一部抜粋・編集したものです)

本記事では、この後も、

「ささやかな幸せを探して」

「自責と後悔の念を歌に」

「母の死を無駄にしない」

「欠落感が人間を形成する」

「子供は神様で人生の鑑」

など、涙なしには読めないインタビュー記事となっています。

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◇長渕剛(ながぶち・つよし)
1956年鹿児島県生まれ。78年にシングル「巡恋歌」で本格デビュー。以後、「順子」「乾杯」「とんぼ」「しゃぼん玉」「しあわせになろうよ」など数多くのヒット曲を連発。革新的な作品で熱烈な支持を獲得し、全国各地で記録的な動員数を誇るライブを展開。音楽以外にも俳優としてTVドラマや映画に出演する他、芸術家として詩画展を開催するなど、多方面で才能を発揮している。1987年に女優の志穂美悦子さんと結婚し、父親として2男1女の子供を育ててきた。

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