2022年03月03日
2021年夏、東京。自身が率いて10度目となるオリンピックで惜しくもメダル獲得ならず、日本代表監督を勇退した井村雅代さん。低迷していた日本のアーティスティックスイミングを牽引し、選手たちを表彰台へと導き続けてこられました。〝鬼コーチ〟の異名と共に有名な「三つの叱るコツ」を交え、選手たちを鼓舞した体験的指導哲学を語られています。※内容は講演当時〈2018年〉のものです
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叱るとは、信じること
〈井村〉
いま、スポーツ界で叱る教育の代表といえば、すぐに私の名前が挙がります。でも、私の中では叱っているという意識は全くありません。下手だから下手、ダメだからダメ。本当のことを言っているだけなんです。
そして本当のことを言ったら、私は必ず直す方法を言います。一つの方法だけでは直りませんから、今度はこうやってごらんと、どんどん次の直し方を言う。そして直ったと思ったら、「それでいいよ」とちゃんとOKを出すんです。でも取材に来られるマスコミの方は、私が怒っているところばかり撮るから、ああいう恐ろしい映像になるんです(笑)。
きょうの演題は「愛があるなら叱りなさい」ですが、叱っている時の私は、あなたをいまよりも絶対によくしてやる、よくなるまではあなたの傍を離れない。ただそれだけを思っています。それが私の本心なんです。
だから、選手にダメって言ったら、必ず直す方法を言うこと。こう直しなさいとちゃんと指示してあげることが大事です。
直す方法って簡単そうですが、冷静にならないと上手く言えません。いまの若い子に、相手の気持ちを察するとか、人の背中を見て学ぶとかいうことを期待するのは難しいので、こう直しなさいとちゃんと言ってあげなければいけないんです。
ここで皆さんに叱るコツをお教えするならば、叱る時はまず現行犯で叱ってください。いまのそれがダメなんだって言われたら、人間は反省します。「君、この前も同じことを言ったよ」と古いことを持ち出してはいけません。これをやられると、いまやったことへの反省が薄れてしまうんです。
もう一つしてはいけないのは、しつこく叱ること。それは本人の自己満足で、聞いている人は「もう分かったよ」って嫌気が差してくるんです。現行犯で叱ること、古いことを持ち出さないこと、しつこく叱らないこと。この三つの叱るコツをぜひ覚えてください。
そして、叱る時は本気でかかってください。相手がどんなに小さなお子さんでも、自分に本気でぶつかってくれているかどうかは分かるんです。中途半端に叱るくらいなら、最初から知らん顔をしているほうがましです。
叱るとは、いま自分の目の前にいるこの人は、絶対にこのままでは終わらないんだ。いまの状態よりも必ずよくなるんだと、その人の可能性を信じることなんです。
だから本気でぶつかり、よくなるまであの手、この手で引き上げようとする。叱るとは、その子の可能性を信じるということなんです。
こだわれることは、とことんこだわる
〈井村〉
シンクロの団体では、8人の選手が一緒に泳ぎます。「どうやって合わせるんですか」とよく聞かれますが、答えは簡単です。合うまで練習するんです。それ以外に方法はありません。とにかく私は、彼女たちに徹底的に練習をさせました。
リオオリンピックが終わった時、選手の一人が「練習の日々はいかがでしたか?」とインタビューを受けて、「地獄のような日々でした」と答えました。自分たちの想像を超えるような厳しい練習だったということだと思うんです。
よくオリンピックには魔物がいるって言われます。魔物なんかいませんし、奇跡も起こりません。オリンピックの試合でメダルを取る人は、それまでにちゃんと仕上げてきた人です。勝つべき人がちゃんと勝っているんです。ですから私は、彼女たちを徹底的に練習で追い込みました。そしてオリンピックも間近になると、彼女たちは確かに上手になりました。
でも私はそこで、まだ彼女たちにしてあげられることはないだろうかと考えました。彼女たちにメダルを取らせるために、私はこだわれることはとことんこだわりました。
日本の選手は体型が小柄です。でも、世界一のロシアも、中国も、メダル争いをしたウクライナも皆大きいんです。そして最近のオリンピックの流行は、アップテンポな曲で泳ぐことなんです。他国の大型選手たちがアップテンポな曲で泳いでいる時に、小柄な日本選手が同じことをしていいだろうかと思ったんです。
そこで私は、日本の選手たちのために、ドラマチックで起承転結のある曲を作曲してもらいました。採点する審判員は人間です。その審判員の心を掴み、感動させて点数をもらうのがシンクロだと私は思っているんです。
だから単純なアップテンポの曲ではなく、美しいメロディラインから入って、どんどんアップテンポになって、最後にエネルギーが爆発するような形で終わる。選手も見ている人も晴れ晴れした気持ちになる曲を作曲してもらいました。
最後の1分を切ったところから、選手たちは本当に苦しくなるんです。その時にエネルギーになるのが、皆さんの声援です。だから私は最後の1分、選手たちには拍手と手拍子の中で泳がせてやりたかった。
オリンピックの舞台で初めて聞く曲に、観客の皆さんが手拍子を合わせるのは難しいことです。合わなくなって途中で手拍子が止まってしまっては意味がない。でも、初めて聞いても最後まで簡単に手拍子を続けられるリズムというのがあります。それは心臓の鼓動に近いリズムなんです。
リオの決勝では、最後の40秒くらいになって会場から拍手、手拍子が沸き上がりました。私はそれを聞いて「やった!」と思いました。狙いが当たったぞと。選手たちにもこの会場の手拍子は聞こえているはずって。
曲を収録する時は、選手たちをスタジオに連れて行って、掛け声を録音しました。「おおっ!」「やぁっ!」と言う声を全員で音楽に吹き込んだんです。最後の一番苦しいところで、自分たちの声に力を得てもらいたかったんです。
(本記事は月刊『致知』2018年1月号 特集「仕事と人生」より、井村雅代さんの特別講話「人を育てる――愛があるなら叱りなさい」の一部を抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年4月号には、井村雅代さんと宇津木麗華さん(女子ソフトボール日本代表監督)の貴重な対談を掲載。東京オリンピック秘話、指導者論、強い選手を育てる秘訣など、学びが満載です。ぜひご覧ください!詳細はこちら
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◇井村雅代(いむら・まさよ)
大阪府生まれ。中学時代よりシンクロナイズドスイミングを始める。選手時代は日本選手権で2度優勝し、ミュンヘン五輪の公開演技に出場。天理大学卒業後、大阪市内で教諭を務める傍ら、シンクロの指導にも従事。昭和53年日本代表コーチに就任。平成18年より中国、イギリスの指導を経て、26年日本代表ヘッドコーチに復帰。リオ五輪ではデュエット、団体とも銅メダルを獲得。五輪でのメダル獲得数は通算13個となる。著書に『あなたが変わるまで、わたしはあきらめない』(光文社知恵の森文庫)『井村雅代コーチの結果を出す力』(PHP研究所)など。