【限定連載 第4回】 心に灯をともす服部剛の「詩の贈り物」~『歪んだコップ』~

カトリックへの深い信仰、ダウン症をもって生まれた息子・周君への愛に満ちた眼差しから、人々の心に寄り添う珠玉の詩を綴り、いま写真詩集『天の指揮者』で話題を集める詩人・服部剛さん。本連載では、詩作や詩集の出版のみならず、朗読会や講演活動など多方面で活躍を続ける服部さんに、心にあたたかい灯をともす詩と共に、コロナ禍を生きる人々へのメッセージを寄稿していただきます。連載第4回では、詩『歪んだコップ』を通して、様々な人生の課題へと向き合う心の姿勢、コロナ禍の先にある「本当の幸せ」について考えます。
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空のコップを置いて

詩:『歪んだコップ』

僕は1日、働いて
妻は入院中の息子に、日がな付き添い
互いに帰宅したキッチンで 

「今日は俺が料理をするから、ゆっくりしたら?」
「え、ほんと?」

つい先ほどまで、ぐったり視線を落としていたのが
ころりと上機嫌に目をあけた妻の前に
1杯の麦焼酎をとん、と置く    

「あれ、中のお酒が傾いている」
「違うよ、それは目の錯覚で」

よく見れば
歪んだコップの縁(ふち)が傾いており
焼酎の水平線はたいらであった

「僕らも日々の場面を
錯覚しているかも、しれないね」
「ちょっと悩んでいることも
角度を変えて、眺めたいね」

空のコップを置いて
ほんのり火照った妻はやがて、こくり、舟をこぐ
腕組む僕は傍らで、明日の課題を考える

心の奥に芽生えたもの

〈服部〉
私には今年10才になるダウン症児の息子がいます。幼少期、入退院を重ねていた彼も小学生になり、元気に日常生活を過ごせています。いまだ食事などの介助は必要で、言葉を話すこともありません。

生後、ダウン症の告知を受けた時、私と妻の目の前は真っ暗になりました。特にママになったばかりの妻は深く絶望し、危機感を覚えた新米パパの私は<妻の隣に立ち、支えていこう>と決意しました。

何とか自分の心を整理しようと考えた私は沈思黙考したのち、<ありのままの息子を、この両手に確かに受けとりました>と、心の声で天に向かって叫びました。その瞬間、今までとは何かが違う希望が、心の奥に芽生えたのです。

私を支えたのは作家・遠藤周作の言葉、<マイナスのなかにはプラスがふくまれている>(『心の夜想曲(ノクターン)』文春文庫)でした。山あり谷ありの年月を歩みながら、徐々にその真意を実感しています。たとえば、人間の幸せや悩み、人格や個性などは数字で表すことができず、比較できないものです。

全介助の息子と共に歩む日々の課題は続きますが、息子には人を癒すような無垢な笑顔があり、<人並み以上に幸せを感じとる心がある>と思う時があります。

コロナに覆われた世界で

最近、私は在りし日の祖母から聞いた話を思い出しています。

「戦後、戦地から戻った夫が病で世を去り、貧しい借家で2人の子どもの寝顔を見つめながら、この世には神も仏もない、と思ってね。でも、この子たちのために何が何でも生きていかねば、と石にしがみつき、歯を食いしばって生きてきた。色々な出来事を思い返すと、どこかで見守っている神様はいる、と信じられるのよ」 

戦後75年の時は流れ――世界はコロナに覆われています。3度目の緊急事態宣言が発令され、経済と効率を優先するのみでは、希望を見出せない時代です。様々な難題や厳しい制限のある未曽有の危機は、人々が「真の幸せ」を考え、共有し、回復してゆくことを、密かに問うている気がします。

※連載第5回は6月中旬の配信を予定しています。


◇服部 剛(はっとり・ごう)
昭和49年東京都生まれ、神奈川県育ち。平成10年より本格的に詩作・朗読活動を始める。日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会会員、日本現代詩人会会員、四季派学会会員。詩集に『風の配達する手紙』(詩学社)『Familia』(詩遊会出版)『あたらしい太陽』(詩友舎)『我が家に天使がやってきた』(文治堂書店)、近刊に『天の指揮者』がある。ブログ「服部剛のポエトリーシアター」、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブチャンネル「服部剛の朗読ライブ」などで詩や思いを綴る他、朗読や講演活動も行っている。

★服部剛さんが自ら人生を振り返りつつ、詩人としての原点、ダウン症の息子・周君への思いを語っていただいた『致知』の記事はこちら


 

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