日本一強いチームを育てるリーダーの哲学——駒澤大学陸上競技部監督・大八木弘明

新年が幕を開けて早々、第99回箱根駅伝にて安定した走りを見せつけ、2年ぶり8度目となる総合優勝、そして学生駅伝三冠という快挙を達成した駒澤大学陸上競技部。実に29年にわたり、同部の陣頭指揮を執ってきたのが大八木弘明監督です。
伴走車の中から選手に対して「男だろ!」の檄を飛ばす様子は正月の風物詩となりましたが、2021年までは13年も胴上げから遠のき、苦闘の日々を送られていました。低迷した部をいかに常勝軍団育てき上げたのか? 強いチームをつくる要諦、リーダーの哲学に迫ります。
〈2023.1.5更新〉

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安定志向はダメ 常に挑戦していく

(前略)
――これまでの指導者人生の中で最大の試練は何でしたか?

〈大八木〉 
(駒沢大学陸上部のコーチに就任して)4連覇の後、2008年にも箱根で総合優勝をしました。ところが、連覇のかかった翌年に何と13位となり、シード落ちを経験したんです。あの時が一番辛かったですね。

――まさに天国から地獄、ですね。

〈大八木〉 
2010年~2017年は3番以内に入っていたものの、2018年に12位となり、再びシード落ち。13年間、箱根で一度も勝つことができませんでした。

選手のスカウトがうまくいかない時期が何年も続いたり、采配が悉く期待外れに終わったり、いろいろ理由はありますが、いま振り返ると、やはり私自身の心のどこかに驕りというか甘えがあったのだと思います。

――ああ、驕りや甘えが。

〈大八木〉 
40代半ばで4連覇を達成し、40代最後の年を優勝で締め括ることができたので、50歳を過ぎた頃から「もう俺はここまでやってきたんだから、この程度の指導をしていれば大丈夫だろ」という感じで、知らず知らずのうちに安定志向に入ってしまったような気がします。

優勝できなかった13年のうち67年くらいは、朝練でも何でもマネージャーに行かせて、自分は現場に行かなかったり、グラウンドにいて遠くから眺めているだけだったり。結局、練習姿勢や食事の量、体質、性格、強み、弱みなどすべてにおいて選手のことをきめ細かく見ていなかったんです。

優勝していた頃は、例えば選手が朝練で走り込む際にずっと自転車で並走して指導していました。そうすると、選手の心と体の状態が手に取るように分かりますし、逆に指導者の本気さが選手たちにも伝わっていくのだと思います。

――そこからいかにして立ち直っていかれたのでしょうか?

〈大八木〉 
2回目のシード落ちをした時に、このままでは本当にダメだなと。自分の指導に対する情けなさ、歯がゆさをつくづく感じました。本気になって情熱を注いでやっていなかった自分自身のあり方を反省しまして、60歳を機にもう一回原点に返って自分を変えようと決心したんです。

自分の中でこのままでは済ませられない、選手たちに申し訳ないという思いがありました。箱根を優勝したいがために駒澤に来てくれているんだから、彼らの夢を叶えてあげたい、喜ばせてあげたい。そのために俺は指導しているんだと。そう言い聞かせながら、覚悟を決めて再スタートを切りました。

だからやっぱり安定志向はダメですね。常に挑戦して変化していかないといけない。つくづくそう感じます。

――絶えず目指すものを持ち続けることが大事なのですね。

〈大八木〉 
体はきついんですけど、昨年4月から朝練での自転車の並走を再開しました。毎朝13キロの走り込みをしている選手の横に自転車でついていって、「おまえ、もうちょっとペース上げろよ」なんて言いながら、一人ひとりの選手に寄り添って指導していったんです。

選手たちにしてみれば、「ああ、監督はいつも朝グラウンドで待ってるだけやな」みたいな感覚と、「監督、本気だな」という感覚では、練習に取り組む姿勢に天と地ほどの差が開きます。そういうものが本番のレースにそのまま出てきますので、常日頃の練習は嘘をつかないですね。

▼下に続く▼


〈コラム〉大八木弘明監督と『致知』

◉大八木監督は、月刊『致知』を深く読み込んでくださっていることを、過去に新聞で語ってくださいました。会見で述懐された「情熱にまさる能力なし」は、弊誌2019年10月号の特集テーマにもなっています。

「人生の先輩ともいえる方々の言葉を読んでいつも思うのは、自分が失敗してしまったことをきちんと消化することが成功につながるということ。そして、人の心や痛みを受け止めて、人間的にいかに重要かということです。この雑誌の中で得ることができた知識や方法論は、自分の周りでもすぐに役立つものが多くあります。
 ただ、環境が違えば同じことをやっても 結果は変わってくるもの。ただ単に同じことを実践するのではなく、自分の中でかみ砕き、アレンジしたものを、選手に伝えていこうと、日々考えています」 

(2015年12月18日発行『スポーツ報知』より)

目に見えない力を育む

――これまでたくさんの学生を育ててこられたでしょうが、伸びていく選手と途中で止まってしまう選手の差はどこにあると感じていますか?

〈大八木〉
陸上に限らず何でもそうですけど、練習の中で逃げるか、逃げないかでしょうね。要するに目標に対してのやる気がどれだけ高いか。きょうは疲れているからやらないとか、俺には無理だとか言って逃げる選手は上がってこないです。

例えば、今年(当時:2021年)の東京五輪に出場する中村匠吾、彼は私の教え子でぜひメダルを取ってほしいと思っていますが、彼をはじめ日本代表になる選手を見ていて思うのは、自分の強みや特技を把握し、それをどうやって鍛えていけばよいのかを自ら考えて実行できるかどうか。指導者のアドバイスを素直に聞き入れて咀嚼し、なおかつただ言われたからやるという意識ではなく、指導者が言った以上のことを汲み取り、自ら進んでやる意識になるかどうか。一流と二流を分けるのは、ここだと思います。

聞く耳を持たない、自分で考えられない、一から十まで全部教えてもらわないとダメというのでは一流にはなれません。

――強いチームを創るために必要なことは何でしょうか?

〈大八木〉 
強いチームの条件は一つの目標にチーム全員が向かって、計画がきちっと立っていることだと思います。

――チームのベクトルが一方向に揃っていると。

〈大八木〉 
戦前から箱根に出場している伝統校や連覇を成し遂げている強豪校には、「チームのために」という目に見えない力が受け継がれているように感じます。どんな選手も自分のために走る、仲間やチームのために走る、という二つの思いを持っていますが、本当に苦しくなった最後の瞬間にどちらの思いが勝るかによって、結果は変わってくるんですね。


(本記事は月刊『致知』2021年5月号特集「命いっぱいに生きる」より一部を抜粋・編集したものです)

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▲大八木弘明監督ご登場の『致知』2021年5月号:特集「命いっぱいに生きる」

◉本誌では8ページにわたり、2021年の箱根駅伝逆転優勝の舞台裏はもちろん、指導者としての土台を養ってくれた体験、「勝つ」チームのつくり方までを贅沢に語り尽くしていただきました。記事全文は致知電子版 アーカイブプランでお読みいただけます。

大八木弘明(おおやぎ・ひろあき)
昭和33年福島県生まれ。52年福島県立会津工業高等学校卒業後、小森印刷(現・小森コーポレーション)入社。56年川崎市役所入所。58年24歳で駒澤大学夜間部に進学。3度の箱根駅伝出場(2度の区間賞)を果たす。卒業後はヤクルトで競技生活を続け、平成7年から母校駒澤大学陸上競技部コーチに就任。以後、箱根駅伝4連覇を含め、数々の大会で優勝を果たし、「平成の常勝軍団」と呼ばれるまでに育て上げる。14年助監督、16年監督に就任。令和3年箱根駅伝で13年ぶり7度目の優勝に輝いた。著書に『駅伝・駒澤大はなぜ、あの声でスイッチが入るのか』(ベースボールマガジン社)など。

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