2020年11月02日
10万人に1人が発症する難病・脊髄性筋萎縮症(SMA)を持って生まれながらも、決して諦めることなく新たな挑戦を続け、自らの人生を力強く切り拓いてきた佐藤仙務さん。唯一動かせる一本の指を自在に駆使して、会社経営を始め、講演活動、大学講師、YouTubeチャンネル「ひさむちゃん寝る」の運営など、多方面で活躍されています。本連載では、そんな佐藤さんに毎月第一月曜日に、「逆境」「忍耐」「挑戦」「勇気」「希望」「出会い」などをテーマにいまをより生きるヒントを語っていただきます。第4回目となる今回は、佐藤社長が実践する、コロナ禍を生き抜く「働き方」について語っていただきました。
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コロナ禍が教える新しい働き方
「御社の在宅勤務という仕組みは、まさに最先端の働き方と言えますよね」
マスメディアから取材を受けると、必ずと言っていいほど、記者が口にする言葉だ。数年前から、政府の「働き方改革実行計画」でも「企業は社員に柔軟な働き方を~」と提唱され始め、今、世間では在宅勤務の導入に向けた動きが盛り上がっている。
ただ、政府が旗揚げ役となって推し進めようとしたこの働き方改革は、昨年までは残念ながら本当の意味で世に浸透することはなかった。理由は簡単だ。それは多くの企業が「会社に通勤して、働くことは当たり前なことだ」と勝手に思い込んでいたからだ。
では、2020年の今年はどうだろうか。これまで多くの人たちが何の疑いもなく、満員電車に揺られながら会社へと向かう通勤。それが感染防止対策により、経済活動をストップさせないために、本気で場所を問わない働き方「テレワーク」に続々と企業が本気でシフトチェンジし始めた。
ちなみに、私は「仙拓(せんたく)」というウェブ制作会社を営んでいるが、新型コロナ(COVID-19)なんてものは関係なく、起業時からテレワークを働き方の基本としている。事務所はあるが、私以外のスタッフが出社してくることは滅多にない。そもそも社長である私でさえ、対面での打ち合わせ以外は出先で過ごしていることが多い。
念のために申し上げるが、仙拓ではこれらの働き方を新型コロナの感染防止対策で行ってきたわけではない。何故か。それは私をはじめ、仙拓で働く障がい者スタッフは、”この働き方しかできない”からである。障がいがあることで通勤が難しかったり、フルタイムでは働けなかったり、それぞれ理由があって一般就労を断念したメンバーが働いている会社なのである。
だから、前述したようにマスメディアから取材を受けるたびに、「御社の在宅勤務という仕組みは、まさに最先端の働き方と言えますよね」というような質問をされる。それはあくまで健常者による障がい者の評価であって、どことなく世の中から他人事に見られているかのような印象があった。
でも今はどうだろうか。これまで仙拓が行ってきた障がい者としての働き方が、今の世の中ではニューノーマル(新しい日常)の働き方として見直されている。その上、テレワークやデジタル活用、柔軟な雇用形態に対応できない企業が淘汰されていく時代になった。不思議な話ではあるが、コロナ渦においては障がい者は健常者になり、健常者が障がい者になったわけだ。
障がいを感じない世の中に
仙拓には病院で暮らしながら働くスタッフもいる。宗本智之という40代前半の男性で、筋肉が萎縮する「筋ジストロフィー」という難病を患っている。筋ジストロフィーは進行性の難病で、次第に日常生活すべてにおいて介助が必要となり、生活に不自由な部分も多くなる。
宗本は、仙拓を立ち上げてから数年後、私が誘う形で仲間になった。仙拓が初めて雇ったスタッフである。出会いのきっかけはフェイスブックだ。宗本の経歴や、私と似た境遇ながら仕事がないことを、フェイスブックのタイムラインで知った。そこで、メッセージを送ってみた。つまりはスカウトである。
彼に話を詳しく聞くと、3歳で「筋ジストロフィー」と診断され、小学校3年生で車いすの生活になったという。そんな状況にも負けず、近畿大学理工学部へ進んで数学を専攻した。寝たきりでも自宅で教授の指導を受け、07年に博士号を取った逸材だ。
宗本は常時人工呼吸器をつけており、動くのは両手の親指だけだが、特別な装置を使ってパソコンを操る。数字に強いということもあって、アクセス解析の業務を任せたが、短時間勤務の中でも実に素晴らしい働きをみせる。
かれこれ雇用してから6年近く経つが、宗本は今、病院内で生活している。親が高齢なことや在宅介護の負担が限界となり、医療面での設備も整っている入院生活へと切り替えた。しかし、在宅だろうが、病院だろうが現時点でも宗本はこれまでと同じように働いている。もちろん、宗本以外の他の障がい者スタッフも同じだ。もし私が従来の働き方のように「通勤することが前提だ」なんて言っていたら、働けなかったわけだが、仙拓では何ら問題なく働けるのだ。
特に私の場合で言えば、ITを最先端で活用している。日常のスケジュール管理やリマインドはAIスピーカーで管理している。また、事務所内のテレビやエアコン、照明といった電化製品の操作も声で行っており、正直、寝たきりであるが自分に出来ないことはほとんどないと言える。これも今はまだ障がい者だからITを最大限に活用していると思えてしまうだろうが、近い将来、健常者の生活はますます便利になり、障がい者も障がいを感じない世の中がすぐそこに近づいている。
まだまだ世の中は、障がい者雇用を一般の雇用と切り離して考えがちだが、現状のコロナ渦においては、障がい者もそうでない人も変わらなくなった。ましてや、怪我や病気、メンタルヘルスや介護によって一時的に仕事ができなくなるというケースは誰にでも起こりうるだろう。また、これからの企業にとっては、従業員がそれぞれの状況に応じた働き方を選べる体制を構築できるかどうかで生き残りが問われていく。
◇佐藤仙務(さとう・ひさむ)
平成3年愛知県生まれ。4年SMA(脊髄性筋萎縮症)と診断される。22年愛知県立港特別支援学校商業科卒業。当時障碍者の就職が困難であるに挫折を感じ、ほぼ寝たきりでありなが23年ホームページや名刺の制作を請け負う合同会社「仙拓」を立ち上げ、社長に就任。著書に『寝たきりだけど社長やってます』(彩図社)『寝たきり社長 佐藤仙務の挑戦』(塩田芳享著、致知出版社)、共著に『2人の障がい者社長が語る絶望への処方箋』(左右社)などがある。公式YouTube「ひさむちゃん寝る」でも情報発信中。