心に「喜神」を含め。安岡正篤×森信三:逆境で心したい人間学

昭和歴代首相の指南役と謳われた安岡正篤、国民教育の師父と仰がれた伝説の教師・森信三。両師が遺した人生論はいまなお多くの人々の生きる指針となっています。「自靖自献」「忙人の身心摂養法」など、安岡師に深く私淑してきた荒井桂さん(現・郷学研修所前所長)と森師の傍に長く仕えた寺田一清さん(「実践人の家」元常務理事)に、その人間学を語り合っていただきました。

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人生の事実、生活を勇敢に体験する

〈寺田〉
森先生は人間形成の三大原則というのをお説きになり、1つは素質、2番目は師の教え、3番目に逆境を挙げていらっしゃいます。

素質はともかく、やはりよき師の教えを奉ずることが大事です。しかしそれだけでは不十分で、逆境を通してこそ師の教えは真に身につくと説かれました。

人間形成には先ほど申し上げた立腰も大事で、森先生はそれによって丹田常充実、臍の下の丹田を常に充実させた状態に保つことの大切さを説かれました。森先生ご自身も15歳の時から亡くなるまでこれを心掛けられました。

さらに報恩奉仕の念です。私は森先生の説かれる人物を創る要諦としては、この逆境享受、臍下丹田、報恩奉仕の念を挙げたいし、また教えられたように思います。

〈荒井〉
安岡先生も人物を修める秘訣を様々に説いておられます。

『経世瑣言』の中では、人物学を修める2つの秘訣として、第1は人物に学ぶことだと説いておられます。よき人に師事して親炙して感化、薫陶を受けることだと。先生はよく道元禅師の、

「霧の中を行けば、覚えざるに衣しめる。よき人に近づけば、覚えざるによき人となるなり」

という言葉を紹介されています。つまり自覚しないうちによい感化薫陶を受けるものだと。もし同時代に師事して親炙できる人がなければ、その書物なり、その人の教えを人づてに聞くなりして私淑することだと説かれています。

さらに安岡先生は、人物学に伴う実践、人物修練の根本的条件としてこう書いておられます。

「怯めず臆せず、勇敢に、而して己を空しうして、あらゆる人生の経験を嘗め尽くすことであります。人生の辛苦艱難、喜怒哀楽、利害得失、栄枯盛衰、そういう人生の事実、生活を勇敢に体験することです。その体験の中にその信念を生かして行って、初めて吾々に知行合一的に自己人物を練ることが出来るのであります」

また安岡先生は『書経』の「自靖自献(じせいじけん)」、自ら靖んじ自らを献ずるという言葉を非常に重視されていました。内面的には良心の靖らかな満足を求め、外に発しては世のため人のために自己を献ずるという意味ですが、まず己を尽くすということ。自分が求めている人間としての道を究め、今度は外への奉仕として働きかけていく。森先生の人づくりの要諦と深く結びついていることを感じたところです。

形を整えることの大切さ

〈寺田〉
人物に学ぶというお話で思い至りますのは、森先生は、書物を通しての学びは平面的で、師を通しての学びは立体的だとおっしゃいました。

ある寒い朝、先生のお宅にお邪魔していた時に、先生が朝食を振る舞ってくださいましてね。先生のつくられる味噌汁はうまいので、「いただきます」と箸を付けようとした矢先に、「待った。主食が先だ」と。これなんか本には書けないですよ、立体でしょう。側にお仕えしたからこそこうした日常の機微を教えられたわけです。

〈荒井〉
安岡先生は東洋の教えが伝統的に「礼」、いわゆる形、つまり形式を重視した理由を、人間の精神の活動が形として現れたものだからであると説かれています。それを朝食の場でピタッと言ってくださるのはありがたいですね。

私が教師に成り立ての頃、学校のサッカー部を創部から僅か7年で全国制覇させた先生がいらっしゃいました。その秘訣は何かとお尋ねしたところ、日常の礼儀作法、グラウンドの清掃、時間を守ること等、部員たちの生活の形を徹底して整えさせることだと言われました。形とは、内なる精神の表れとしての形です。形を整えることで精神はついてくると。

〈寺田〉
私は平成22年、甲子園で春夏全国制覇を果たした沖縄の興南高校の我喜屋監督のお話を伺いました。野球部員は全員寮に入っていて、やったことは、食事の後片付けをする時に茶碗の音をさせずに重ねさせること、椅子を収める時に音をさせないこと、この2点ですとおっしゃっていました。まさに現実のツボを押さえておられ、深く感じ入った次第です。

〈荒井〉
現実のツボといえば、先ほど森先生の人間形成の三大原則を教えていただきましたが、安岡先生は忙人の身心摂養法というものを説かれています。

一、心中常に喜神を含む

二、心中絶えず感謝の念を含む

三、常に陰徳を志す

どんな厳しい状況に陥っても喜神、つまり精神の奥底に和気を持て。それは当然感謝報恩の情意に繋がる。感謝報恩を実践するには陰徳を積むことだと。まさに森先生の説く人間形成の三大原則と重なり合います。その教えを実践することがまた健康法にもなり、人づくりにも繋がるのでしょうね。


(本記事は月刊『致知』2012年1月号 特集「生涯修業」から一部抜粋・編集したものです)

◇荒井桂(あらい・かつら)
昭和10年埼玉県生まれ。33年東京教育大学(現・筑波大学)文学部(東洋史学専攻)卒業。以来、40年間埼玉県において高校教育及び教育行政に従事。平成5~10年埼玉県教育長。在任中、国の教育課程審議会委員及び、経済審議会特別委員等を歴任。16年より現職。安岡教学を次世代に伝える活動に従事。著書に『安岡教学の淵源』(致知出版社)などがある。

◇寺田一清(てらだ・いっせい)
昭和2年大阪府生まれ。旧制岸和田中学を卒業し、東亜外事専門学校に進むも病気のため中退。以後、家業の呉服商に従事。40年以来、森信三師に師事、著作の編集発行を担当する。社団法人「実践人の家」元常務理事。編著書に『森信三一日一語』『森信三先生随聞記』『二宮尊徳一日一言』『女性のための「修身教授録」』『家庭教育の心得21』『父親のための人間学』(いずれも致知出版社)など多数。

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