全日本柔道男子代表監督・井上康生が感動した「プロの条件」3つの言葉

2012年のロンドンオリンピックで、金メダルを1つも獲得できなかった日本柔道男子。代表監督に就任した井上康生さんは、選手たちをどん底から再び立ち上がらせ、2016年のリオオリンピック全7階級メダル獲得という快挙を成し遂げました。所属するALSOK〈綜合警備保障〉会長の村井温(あつし)さんと、プロフェッショナルとして、またリーダーとして欠かせない情熱、言葉について語り合っていただきました。

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亡き母がくれた金メダル

〈村井〉
井上さんは高校入学後も順調に歩んでいかれたのですか。

〈井上〉
東海大学付属相模高校に入学後、一年生の時に団体戦の先鋒を務め、インターハイで優勝。2年生の時には個人戦で優勝するなど、いろいろ怪我やうまくいかないことがある中でも、しっかりと成績は残し、一年一年、成長を実感しながら歩んでいきました。

ところが、高校3年生のインターハイでは、神奈川県の県予選で判定で敗れ、2位になってしまいました。それで、泣きながら応援席にいた母のもとに賞状を持っていったら、母は賞状を奪い取ってびりびりに破り捨てたのです。その時、

「あなたに二位は似合わない。負けても胸を張っておきなさい。この悔しさを次のエネルギーに変えて頑張りなさい」

と言われ、その言葉に非常に衝撃を受けました。母に怒られたのはこの時だけです。父が厳しい人だった半面、母はいつも優しく包み込んでくれる温厚な人でしたので。

〈村井〉
お母さんの愛情を感じます。

〈井上〉
そうして東海大学に進んでからも、あらゆる大会で勝ち続けることができたのですが、今度は大学3年生になる1999年になった頃から、試合に出ても負け続けるようになって、急に自分の柔道を見失ってしまいました。

前年度の成績を考慮して、10月のバーミンガム世界選手権の代表には選ばれたものの、周囲からは無理だろうという声が多く聞かれました。そしてその状態からどう這い上がっていけばいいのか、もがき苦しんでいる矢先の6月、母の死という、人生で一番悲しい出来事、転機を迎えたのです。くも膜下出血による急死でした。

〈村井〉
まだお若かったでしょう。

〈井上〉
ええ、51歳でした。私は3人兄弟の三男に生まれたこともあって、子供の頃から非常に甘えん坊でした。それこそ、試合の前でも母の傍にいないと落ち着かないような人間、勝負師としての甘い部分、弱さがありました。

それが、母が亡くなったことによって、本当の意味で自分自身を見つめ直す時間を持つことができたのです。また、いろいろな人の意見を聞きながら、どんなに泥臭かろうが、自分自身がやれることにとことん取り組んでいったのもこの時だったように思います。

 〔中略〕

ですから、母は私の弱さを見抜いていて、「この子にはもっと厳しい試練を与えなければだめだ」と、自らの命を投げ出すことで、私に魂というか、力をプレゼントしてくれたのではないかと信じているのです。だからこそ、母の分まで生きていかなくてはいけない、そう強く思っています。

裏話ですが、ALSOKのお話をいただいたのもちょうどこの頃でした。バーミンガム世界選手権で優勝しなければ、シドニーオリンピックもなかったでしょうし、もしかしたらALSOKへの入社もなかったかもしれません。

〈村井〉
優勝したシドニーオリンピックの表彰式では、お母様の遺影を掲げておられましたね。

〈井上〉
あれは周りから共感を得ようとか、感動を与えようとかいうような思いはこれっぽっちもなくて……。今回は母がくれた金メダルだ、一番特等席で自分自身の雄姿を見てもらいたい、こういう母がいることを世界の人にも見てもらいたいとの思いで、遺影を掲げました。

ALSOK会長・村井 温さん

プロに欠かせない3つの言葉

〈井上〉
村井会長は、人生の歩みの中で心の支えにしてこられた言葉や信条はございますか。

〈村井〉
私は侍と役人の家系ですから、「名利を捨てて世のため人のために尽くす」ということは信条にしてきました。あとは『臨済録』にある、いかなる場合でも主体性を持って力の限り行動すれば必ず道は開けるということで、「随処に主となれば立処皆真なり」の言葉も大事にしてきました。本当は少し違う意味らしいのですが。

それからもう一つ、「善敗由己(ぜんぱいおのれによる)」という言葉。これは成功も失敗も全部自分によるという意味です。しかし、言うは易しで、日々の仕事においても、失敗があるとつい自分のせいじゃないと考えてしまう。ですから、自分を律するためにも「善敗由己」の言葉はいつも腹の中に入れています。井上さんはいかがですか。

〈井上〉
前回『致知』に出させていただいた時に、『プロの条件』(致知出版社刊)という本をいただいたのですが、その中に仕事を成就するために欠かせないものとして

「熱意」「誠意」「創意」

という3つの言葉が紹介されていて、まさしくそのとおりだと思いました。以来、選手や柔道教室などでもその3つの言葉の大切さを伝えてきました。

監督としても、掲げた目標に対して「こんなもんでいいや」という中途半端ではなく、何が何でも達成するのだという「熱意」を示すことが大事だと思いますし、また、周りの協力なくして本当の成功はないと思っていますので、相手に対しての信頼や敬意といった「誠意」も忘れてはいけません。

そして、考えたり、想像したりする「創意」がなければ、掲げた目標や夢も達成できません。「創意」の源は何かというと知識力だと私は考えているので、指導者として常に学び続ける心を忘れないでいたいと強く思っています。

〈村井〉
素晴らしいですね。

〈井上〉
あと大事にしてきたのは覚悟を持つことです。オリンピックほど生きがい、やりがいを感じられる場はありませんが、一方でその過程においては、苦しいことや辛いことの連続であり、様々な犠牲も払わなくてはなりません。

そういう中では、人間そこまで強い存在ではないので、本当の意味で覚悟を持たなければ、どうしても挫折したり、諦めたりということになってきます。ですから、監督になった時に、選手やスタッフたちにも、「覚悟を決めよう」という話を一番最初にしました。

ただ、先週、平昌オリンピックのスピードスケートで金メダルを獲得した小平奈緒さんの講演会を聴きにいったのですが、彼女がこんなことを言っていたのです。

自分はコーチによく覚悟を決めろと言われてきたけど、覚悟は外から言われて決めるものじゃない、覚悟は自分自身で持つものなんですと。私はいつも「覚悟を決めろ」と選手に指導していましたから、恥ずかしい思いをしまして、これからは「覚悟を持とう」というように指導していかなくてはいけないと思っているところです。


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ALSOK所属レスリング選手・伊調馨さんと
相澤病院所属スピードスケート選手・小平奈緒さん!!金メダルという頂点を獲ってなお、成長し続ける2人の共通点、哲学とは?
熱い対談をお届けします!


(本記事は月刊『致知』2018年9月号 特集「内発力」より、対談の一部を抜粋・編集したものです


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◇井上康生(いのうえ・こうせい) 
昭和53年宮崎県生まれ。平成9年東海大学入学。11年バーミンガム世界選手権大会100キロ級優勝を皮切りに、12年シドニーオリンピック柔道100キロ級金メダル、13年全日本選手権大会100キロ級で優勝し、3冠王者に輝く。同年東海大学卒業。東海大学大学院体育学研究学科体育学専攻修士課程修了後、ALSOK入社。20年現役引退。東海大学柔道部副監督などを経て、24年11月より全日本柔道男子代表監督に就任。リオオリンピックで史上初の全7階級メダル獲得を達成。

◇村井 温(むらい・あつし)
昭和18年大阪府生まれ。41年東京大学卒業後、警察庁入庁。富山県、熊本県、福岡県警察本部長、中部管区警察局長などを歴任し、平成8年退官。預金保険機構理事を経て10年ALSOK副社長、13年社長などを経て24年より現職。

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