9 月号ピックアップ記事 /対談
どん底から2つの世界一へ その出逢いと挑戦の軌跡 武居由樹(WBO世界バンタム級王者) 大橋秀行(大橋ボクシングジム会長)

ボクシング世界4階級を制覇し、史上2人目となる2階級4団体統一王者の井上尚弥選手をはじめ、これまで5人の世界チャンピオンを輩出してきた大橋ボクシングジム会長・大橋秀行氏、60歳。その5人目の世界チャンピオンにして、キックボクシングとボクシングの双方で初めて頂点に立ったWBO世界バンタム級王者・武居由樹氏、28歳。
家庭環境に恵まれず辛苦の幼少期を経て、恩師との邂逅を果たし、人生のどん底から世界一に至る道のりは、まさに挑戦の日々だった。いかなる鍛錬によって自己を磨いてきたのか。勝利を掴む者の条件とは何か。

僕が大切にしているのは「夢の力」という言葉です。
かつて夢は全くなかったですが、格闘技に出逢えて進む道が見えました。
今度は子供たちの夢を切り開く責任が僕にはあると感じています
武居由樹
WBO世界バンタム級王者
――2度目の王座防衛、おめでとうございます。僅か127秒での見事なTKO勝利でした。
〈武居〉
押忍、ありがとうございます。もともと1月に組まれていたのですが、11月末に右肩関節唇損傷という怪我を負い、延期してもらった経緯がありました。
〈大橋〉
本当はもう少し調整期間を設けたかったんですけど、協会のルールで王座を剥奪されてしまうので、治ると想定して強行で試合を組みました。本人も不安だっただろうし、こっちも不安でしたね。
だから、試合が長引いたらどうなっていたか分かりません。速いゲームで終わったのは本当によかったです。一部には相手が弱いんじゃないかと言われていますが、ムエタイの殿堂ラジャダムナン・スタジアムでチャンピオンになっているし、オリンピックを連覇しているラミレス選手に勝っていて、むしろなんでこんな強敵と組んでしまったのかと思ったほどです。
〈武居〉
怪我をしたこと自体もそうですけど、対戦相手やいろいろな方に迷惑をかけてしまったので、当初は結構落ち込んでいました。そんな中、周りの人たちがすごく励ましてくれて、背中を押してくれたことで力を得て、年明けくらいに気持ちを切り替えることができたんです。そこからできる練習を少しずつコツコツと続け、4月にはほぼ完治しました。
ただ、どこでまた痛めるか分からないという不安や恐れは心の片隅にあって、そういう意味では常に自分の心との闘いでもあったのかなと思います。

「夢を夢のままで終わらせない」と現役時代からこの気持ちをずっと抱いてきました。
言葉は言霊というように、毎日思い続けているとそれが信念となり、現実に繋がっていくんです
大橋秀行
大橋ボクシングジム会長
〈武居〉
スパーリングも最初は不安があって、右肩を気にして左ばかりで打っていました。でも、試合が近づくにつれて、いい意味で開き直れたんです。ここまで来たらもうやれることをやるだけだと。減量も順調にできて、試合当日も過去最高くらいに調子がよかったです。直前のアップの時もキレがよすぎて、逆に怖いくらい(笑)。
〈大橋〉
ボクサーってそういうのがあるんですよ。前日まですごく調子がよくても、当日のアップの段階でなんか重いな、力が入らない、息がすぐ上がっちゃうとか。
真剣勝負というか命懸けの戦いだから、ギリギリまで本当に分からないですね。よく心技体と言いますけど、フィジカルとメンタルが噛み合わないと、よいパフォーマンスは発揮できない。ちょっとでもずれるとダメになっちゃう。こればっかりは何十年やっても、難しいですね。
今回は結果的には1ラウンドで勝負がつきましたけど、2度目のダウンを奪った時も相打ちでしたから。何回か合わされて、こっちが倒れてもおかしくない、というくらい紙一重でした。
〈武居〉
試合中のことはあまり覚えていないのですが、改めて映像を見返してみると、本当に危なかったなと思います。
そういうギリギリの状況の中で勝ち切れたのは……(続きは本誌をご覧ください)
本記事の内容 ~全10ページ(約14,000字)~
◇2度目の王座防衛は自分の心との闘いだった
◇ギリギリの状況で勝ち切れた2つの要因
◇世界チャンピオンが欠かさない日々の習慣
◇単親家庭、育児放棄、虐待……育ての父との運命的な出逢い
◇負けた時にどう練習に取り組むかが勝負所
◇心を入れ替え20歳でK-1世界チャンピオンに
◇大橋ジムの修学旅行で知覧を訪れる理由
◇親即恩――産んでくれただけで感謝
◇ボクシング転向の機縁になった大橋会長との邂逅
◇世界戦初勝利を掴んだ知られざる感動の舞台裏
◇井上尚弥選手が最強たる所以ここにあり
◇世界のトップに立つ条件~才能よりも心の持ち方~
◇人生とは決断と挑戦の連続である
プロフィール
武居由樹
たけい・よしき――平成8年東京都足立区生まれ。10歳でキックボクシングを始め、足立東高校時代はボクシング部でも活躍。26年11月にKrushでキックボクシングデビューし、29年4月に第2代K-1 WORLD GPスーパーバンタム級王座を獲得。23勝(16KO)2敗の戦績を残し、令和2年12月に王座返上とボクシング転向を発表。3年3月のデビュー戦を1回TKO勝利で飾る。6年5月6日、WBO世界バンタム級王者ジェーソン・モロニーに3-0で判定勝ちし、日本ボクシングコミッション公認の日本ジム所属100人目の世界王者となる。ここまでの戦績は11戦11勝(9KO)。
大橋秀行
おおはし・ひでゆき――昭和40年神奈川県生まれ。小学生の時、兄からボクシングの手ほどきを受け、中学生からジムに通う。高校時代にアマチュアの全日本タイトルを獲得。大学時代、ロサンゼルス五輪の代表選考試合に決勝で敗れ、プロに転向。アマ通算44勝(27KO)3敗。60年プロデビュー。その後世界タイトルに2度挑戦するも敗退。平成2年3度目の挑戦で世界チャンピオンとなり、日本人の世界挑戦連続失敗を21で止めた。6年引退。プロ戦績は24戦19勝(12KO)5敗。同年大橋ボクシングジムを開設。これまで輩出した世界チャンピオンは最多タイとなる5人に及ぶ。
編集後記
単親家庭、育児放棄、虐待……人生のどん底から這い上がり、K-1とボクシングの2つの競技で唯一人、世界一を掴んだのが武居由樹さん、28歳です。対談相手は武居さんが所属する大橋ボクシングジム会長の大橋秀行さん、60歳。これまで最多タイとなる5人の世界チャンピオンを育てています。
この取材は、5月28日のWBO世界バンタム級タイトルマッチで2度目の王座防衛を果たして間もない6月10日、横浜の大橋ジムで行われました。初の師弟対談で語られる人間学談義に興味は尽きません。

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