人生生涯うなぎ職人——野田岩五代目・金本兼次郎が語る「焼き」と「裂き」と「人生」の極意

寛政年間創業以来、実に200年以上の歴史を持つ、うなぎ屋「野田岩」。五代目・金本兼次郎氏は店の伝統を守るかたわら、新風を吹き込むことでミシュラン一つ星を獲得するなど、その手腕は高い評価を受けています。90歳を超えてなお職人として高みを目指し続ける金本氏に、うなぎ職人としての「焼き」と「裂き」の極意、そして生涯現役で仕事の一道を貫くために必要なものについてお話いただきました。

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焼くのは一生

――うなぎ一本一本に心血を注いでおられるんですね。

〈金本〉
特に「焼き」に関しては、僕が陣頭に立って、細かいところまで一つひとつ全部見る。僕が見てダメなものはダメ。焼き直し。たとえ僕が焼いたものでも、仕上がりがよくなければお客さんのところに出すわけにはいきません。

――それだけ「焼き」というのは難しいものなのですね。

〈金本〉 
「裂くのに3年、串打ちに3年、焼くのは一生」って言うくらいだから、「焼き」は難しいですね。僕自身まだ駆け出しの頃に親父が焼いているのを見ても、どうしてあんな綺麗に仕上がるのか、不思議でしょうがなかった。

でも、教えてもらいたくても、昔の人はあれこれ言わないでしょう。だから、親父が焼いているそばにくっついて、見て覚えるしかない。いまになってみれば、こうやればいいっていうのは分かりますけど、20代、30代じゃ分からなかったですよ。

それでも当時はとにかく夢中になって仕事をするだけでした。なかなか思うような焼き色が出なくてね。焦って下に落っことして、また一からつくり直すなんてことをしてると、今度はお客さんから「まだか」って催促が来る(笑)。

――何歳くらいになってコツを掴まれたのでしょうか。

〈金本〉
40代後半でしたね。親父がしていたことを何度も反芻していくうちに、ちょっとしたタイミングがあることが分かるようになりました。でも、こればかりは時間がかかる。毎日毎日焼いて、そのうちに何となく片鱗が見えてきて、「あぁこれだったらいいな」と思えるようになるまでには、最低でも20年はかかりますよ。

――仕上がりのポイントはどこにあるのでしょうか。

〈金本〉 
黄金色に焼き上げるのが第一条件ですね。ただ、焼き上げた瞬間、重箱に詰める前っていうのは、何となく色が荒々しい。それを重箱によそったご飯の上に載せ、蓋をしてからお客さんのところに持っていく。その僅か2、3分の間に、うなぎの色が落ち着いて、しっとりする。

――そこまで計算されていると。

〈金本〉
そうです。だからこそお客さんに最高の状態でお出しするには、焼き上がった時点で黄金色に焼けていないとダメなんですよ。

格闘しながら教える

――これまでどれくらいのお弟子さんを育ててこられたのですか?

〈金本〉
30人くらいはいるでしょうね。ただ、誰を捕まえても、頭のいいやつは正直一人もいない(笑)。その代わりに、やる気のある人間であれば、何としてもものにしてあげたいと思ってやってきました。

いまも毎朝のように若い職人を捕まえては、「ああじゃない、こうじゃない」って散々やっていますけど、うなぎを裂くこと一つにしたって、やっぱり時間がかかる。それでも飽きずにじっと我慢するのは、教えるほうです。

――教えるとは、飽きずに我慢することだと。

〈金本〉 
そう。いま店で一番若い職人は18かそこらですけど、一人前になるまで教え込むのはほんとに大変です。少し前の話ですけど、入ってきてからもうすぐ6か月が経つというのに、一向にうなぎがうまく裂けなくて全くお手上げの子がいましてね。もうどうすればいいか、僕にも分からない。

ところがある朝、いつものように包丁を持って、「いいか、こうやるんだぞ」ってやってみせたら、パッとできるようになった。勘を覚えたんです。

――それは一瞬ですか。

〈金本〉 
一瞬。それには僕も驚いた。「おい、おまえ裂けんじゃねえか」って言ったら、嬉しそうな顔をしてね(笑)。それからはもう夢中になってやり始めて、ものにしちゃったんです。やっぱり人間っていうのは、頭がいい悪いに関係なく、何かしらいいものを持ってますよ。それを教えるほうの人間がどれだけ引っ張り出せるか、出せないか、そこなんですね。

とにかく教えるっていうのは闘いのようなもので、苦しくて、きついけど、何かの拍子にぐんと成長していく姿を見るのは嬉しいですね。何が嬉しいって、これがいま、一番嬉しいんじゃないかな。

大事なのは人間形成

――うなぎ一本裂くのにどれくらいかかるのでしょうか。

〈金本〉 
いまの若い連中は、できる奴だと1本40秒でどんどん裂いていっちゃう。僕も若い頃は2分で3本は裂いていたけど、いまだと1分半くらいかな。ぐずぐずしているとすぐ2分経っちゃう。

うなぎっていうのはなかなか言うことを聞いてくれませんから、ほんのちょっとのことで時間がかかる。だから、いつも自分の動きに無駄はないだろうかってことを考えながらやっていますね。

――いまも常に時間とのせめぎ合いをされている。

〈金本〉 
そうやって自分が仕事をしている姿を見せることが、僕は一番の教育だと思うんです。それに、もう一つ言うと、やはり人間形成というものが大事であって、一人の人間として恥ずかしくない態度や言葉遣いを身につけなければいけません。

――技術だけではなく人間形成も大事であると。

〈金本〉 
そういったことを疎かにしていると、ちょっと世間に持ち上げられると、すぐいい気分になってしまいます。でも、それだといずれは行き詰まって、誰からも声を掛けられなくなる。そういう職人を、僕は何人も見てきました。

やはり職人というのは親方になっても、他の誰にも真似できないような焼き方を追い求めるとか、新しい自分に目覚めていくことですよ。それに加えて、僕がこの歳になって覚えたのは、ただ焼いてつくるだけじゃなく、お客さんのところに顔を出して会話を楽しむことなんです。そうやってよりおいしく召し上がっていただく手伝いをさせていただく。

そうすると、お客さんも喜んでくれるし、その喜んだ顔を見ると、自分も嬉しくなってルンルン気分で仕事ができる。だから90歳になっても、まだこの先に新しい仕事の仕方はあるってことですよ。それを考えると、あと10年は生きられるような気がするし、いざ百歳になったら、もう10年先まで生きようかなってことを言うんじゃないかと思いますね(笑)。

――100歳になっても、うなぎ職人としての道を貫かれると。

〈金本〉
私は生涯、うなぎ職人を貫きます。そして常に高みを目指して挑戦し続けるという職人の本分を全うしたいと思っています。


(本記事は月刊『致知』2018年7月号 連載「生涯現役」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇金本兼次郎(かねもと・かねじろう)
昭和3年東京生まれ。早稲田工手学校卒業。32年父・勝次郎の後を継いで、寛政年間創業のうなぎ屋「野田岩」五代目に就く。平成19年厚生労働省より「卓越した技能者の表彰(現代の名工)」に選出される。著書に『生涯うなぎ職人』(商業界)がある。

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