【限定連載 最終回】松下幸之助に学ぶ中博の経営問答 ——「経営の神様・松下幸之助が日本人に本当に伝えたかったこと」

松下電器産業(現・パナソニック)で経営の神様・松下幸之助の薫陶を受け、その教えの神髄を多くの人々に伝導している一般社団法人「和の圀研究機構」代表の中博氏。中氏はコロナ禍に直面するいまだからこそ、松下幸之助の教え、経営哲学はより一層の輝きと真理をもって私たちに迫ってくるといいます。最終回となる第6回は、これまでの連載内容を振り返りつつ、これからも日本が素晴らしい国であり続けるために、松下幸之助が日本人に伝えたかったメッセージを語っていただきます。連載 第1回⇒「真剣さから新たな知恵が生まれる」

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松下幸之助が生きていたら

本連載も今回で最終回となりました。連載がスタートした半年前と変わらず、日本はいまだ収束の目途が立たないコロナ禍に対処しながら、東京オリンピック・パラリンピックを開催し、成功させなければならないという非常に大きな困難、課題にぶつかっています。ある意味、その未曽有の国難を日本がどのように解決し、克服していくのか、世界中が注目しています。

しかしながら、これまで何度もお伝えしてきたように、政府をはじめ、日本人が本当に正しい判断と決断、明確な戦略を持って事に当たっているかというと、私にはどうもそうは思えません。「松下さんがいま生きていれば、日本に対してどんなことを言うでしょうか」とよく質問されますが、松下幸之助もいまの日本の政治や社会のあり方には間違いなく厳しい意見、メッセージを発するはずです。

最終回では、これまでの連載の内容を振り返りつつ、松下哲学の神髄と日本復活への処方箋を改めてお伝えしたいと思います。

危機を突破する松下哲学の要諦

前回(連載第5回)、飛鳥文化財団を例にお話ししたように、松下幸之助は単なる電機メーカーの経営者という立場で世の中を見ていませんでした。松下幸之助は、企業というのは国家や社会と共存・共栄しながら発展していくものであると考えており、実際、日本の政治や社会に何かおかしいと感じるところがあれば「ちょっと待ってや!」と、たとえ時の総理であっても堂々と自らの意見を主張していました。経営者でありながら、常に日本の政治や社会のあり方を憂い、広い視野と見識をもって「物申していた」のです。

ですから、いまの経営者も、「自分の会社さえ儲ければいい」ではなく、日本の政治や社会はどうあるべきなのか、そのために自分は何ができるのかを常に考え、時には政治に対して物申すくらいの気概を持ってほしいと思います。それが政治や社会をよりよい方向へと導き、ひいては経営の安定と永続的な発展へと繋がっていくのです。

また、松下幸之助は世に溢れる情報やデータなどに惑わされることなく、世の中の状況・情勢を自分自身で「歩く、見る、聞く」ことで確かめ、それを冷静に分析・判断した上で、考えに考えて物事を決断していました。まさに『致知』が説く「格物致知(かくぶつちち)そのものを実践していたのです。

いまの日本人に求められるのは特に「格物」の部分だと考えます。これはあくまで私の解釈ですが、「格物」というのは、「世の中のすべての実相を正確・冷静に分析・判断する」ことだと思います。松下幸之助は、「世の中の実相、商売の実相がちゃんと分かっとるか」とよく言っていました。つまり、世間に溢れる情報やデータではなく、最後は自分の目と足で世の中の実相を見て、自分の頭で状況や情勢を正確・冷静に分析・判断することが、経営においても人生においても非常に大事であるということです。この「格物」を、今の人たちはマスコミやネットの情報や統計データに頼ってしまうから、うまくいかないのです。

世の中の実相を分析・判断する時に、松下幸之助が大事にしたのが「素直な心になる」ということです。やはり、自分の私心、利害損得に惑わされてしまえば、世の中の実相も歪んで見えてしまい、正しい判断、行動もできなくなってしまいます。

「格物」ができたら今度は「致知」です。「致知」とは、「格物」によって見えてきた状況・課題に対して、「では、何をすればいいのか」「では、どういう方向に進めばいいのか」を考えに考えて、知識ではなく〝知恵〟を徹底的に出し、行動していくことです。いわば、「格物」によって見えてきたものに、「致知」をぶつけて行動への指針、具体的な戦略、解決策を導き出していく。その「格物」「致知」の両方が相まって初めて自らが修まり、家庭が、企業組織が治まり、最終的にはよりよい世の中(平天下)が実現していくのです。

ところが、政治家にせよ、専門家にせよ、いまのコロナ禍に右往左往している日本の状況を見ていると、どうも「格物致知」が十分にできていない。いま私たちはどういう状況に置かれているのか、という正確で冷静な分析や情報がないから、「では、どうすればいいのか」といった具体的な指針も行動戦略も全く描けないのです。いまだに「三密」のまま、だらだらと走っているのが日本の現状です。これではこの国難を突破することは到底できないでしょう。いまこそ自ら歩き、見て、聞いて、物事の実相に迫っていく松下幸之助の姿勢に学び、「格物致知」を実践していかなくてはなりません。

そして最後にもう一つ、松下幸之助が優れた経営者であった所以(ゆえん)は、一所懸命に考えに考え、知恵を絞って導き出した経営判断であっても、それが間違っていた時には、「自分が間違っていた」「自分が悪かった」と頭を下げ、〝融通無碍(ゆうづうむげ)〟の精神でぱっと方向転換ができたところです。

連載第4回でも触れましたが、松下電器の販売部門が不振に苦しみ、代理店の多くが立ち行かなくなるという危機の最中に行われた「熱海会談」の時、松下幸之助は「皆さんの言い分はよく分かった。松下が悪かった」と深々と頭を下げ、従来の自分の考えをパッと撤回し、私財を投じて様々な改革を断行して会社を立て直していきました。自分が間違ったと思ったら、古い槍をさっと引き、新しい槍をパッと刺す、この見事さ、融通無碍の精神はまさに松下哲学の真骨頂です。

現在のコロナ禍でも、従来のやり方、組織のあり方では十分に対応できないと思ったなら、古い槍をさっと引き、思い切って新しい槍をぱっと刺す、そういう自由自在、融通無碍な政治、経営であってこそ、活路が開けてくるのです。

いまこそ日本人が「日本人」に立ち戻る時

話は転じますが、アメリカの著名な日本研究者であるジョン・ダワー氏が、「日本人になりたくない理由」として次の「5つの欠如」を指摘しています。

1つには、「喜びが欠如した富」。都市の過密化、狭い貧弱な住居、長い通勤時間、粗末な公共施設、ごく普通の楽しみ(ゴルフクラブの会員権など)の法外な値段など、日本はいくら富があっても喜びを実感しにくい社会になっている。

2つには、「真の自由の欠如した平等」。日本は豊かで自由な社会のように思われるけども、欧米から見ると、日本で暮らす、働くには様々なしがらみ、制約があり、真の自由のない厳しく統制された社会になっている。

3つには、「創造性の欠如した教育」。特に若い世代の能力、イニシアティブと独創性が年長者や硬直的な教育制度によって抑圧されている。

4つには、「真の家庭生活の欠如した家族主義」。人々は企業から過剰な仕事、長時間労働を押しつけられており、家庭生活の充実、家族同士の繋がりが欠如している。これは家族を大事にする欧米社会の価値観では容認できないことである。

5つには、「リーダーシップの欠如した超大国」。日本には独立国家として自らの国を守るという権利、自主的な外交政策が欠如している。

私はジョン・ダワー氏の考えのすべてに賛成しているわけではありませんが、上記の「5つの欠如」は、日本がなかなか発展できない、日本から世界をリードするような人材がなかなか出てこない理由を的確に指摘していると思います。しかし、逆に言えば「5つの欠如」を克服していけば、日本は再び活力を取り戻していくということです。

とはいえ、そもそも日本は天皇を中心として、数千年にわたって自主独立を守ってきた稀有な歴史を持つ国です。鎌倉時代にモンゴルが攻めてきた時も(元寇)、幕末に西洋列強がやってきた時も、日本はそれらの外圧を撥ね返し、かつ外国の文化を融通無碍に吸収しながら世界に冠たる近代国家として発展を遂げました。

もっといえば、日本人は縄文の昔から独自の文化を築いていましたし、1000年以上前の奈良、平安時代にも、『万葉集』や『源氏物語』など当時としては世界的にも驚くべき文学作品を生み出しました。禅、武士道、茶道、華道、能、浮世絵……その他にも日本人が生み出してきた自由で、創造性に溢れた独自の文化を挙げだしたら切りがありません。また、家族のあり方についても、幕末の日本を訪れた西洋人は、母親だけでなく父親も育児に参加し、日本ほど子供たちが笑顔で幸せそうにしている国はないと賞賛しています。

私は藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮」という歌がとても好きなのですが、これには日本人の独創性、想像力がいかんなく発揮されているように思います。秋の夕暮れ、苫ぶきの粗末な小屋がある浜辺の景色に、目の前にはない花や紅葉を想起させることで、より一層の風情を表現している。こういう想像力、自然と一体になった民族と言うのは世界でも非常に珍しいと思うのです。

つまり、かつての日本には、ジョン・ダワー氏が欠如していると指摘した5つがすべてあったのです。

しかしながら、特に戦後生まれの人たちは、そうした素晴らしい日本の歴史、文化、宝物を知らないまま、吸収しないままに育ってしまっている。ここに現代日本が直面する様々な問題の根本があります。

ですから、私はかつての素晴らしい「日本」のあり方、誰もが日本人であることに自信と誇りが持てる国を取り戻すために、令和2年に「和の國研究機構」を立ち上げました。「和の國研究機構」をプラットフォームに、有名無名を問わず、思いを同じくする人たちが日本の素晴らしさをどんどん発信して、日本再生の礎をつくっていく。そういう組織になっていければと願っています。

そしてその素晴らしい歴史、文化を持つ日本を誰よりも愛し、その力を信じていたのが松下幸之助に他なりません。松下幸之助が最も伝えたかったのは、やはり「日本という国は素晴らしい」「この愛すべき国を、歴史と文化をもっと大事にしていこう」「日本精神を失わない限り、日本は素晴らしい国であり続ける」ということだったのだと思います。

松下幸之助の遺したメッセージを受け止め、日本人一人ひとりが自国の歴史と文化の素晴らしさに目覚め、日本人として誇りをもって生きる――これこそが日本復活の最大の処方箋であり、日本がアフターコロナ、ウィズコロナ時代に求められる新しい世界のリーダーとなっていくために最も必要なことなのです。

最後に、改めて松下幸之助の次のメッセージをご紹介して、本連載を終えたいと思います。


『致知』2020年10月号では中氏が特集誌面にご登場!
ウィズコロナ時代の経営・人生に生かす松下翁の経営哲学を上甲晃氏とご対談いただきました◆


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◇中 博(なか・ひろし)
昭和20年大阪府生まれ。44年京都大学経済学部卒業後、松下電器産業入社。本社企画室、関西経済連合会へ主任研究員として出向。その後、ビジネス情報誌「THE 21」創刊編集長を経て独立。廣済堂出版代表取締役などを歴任。その間、経営者塾「中塾」設立。令和2年には一般社団法人和の圀研究機構を立ち上げ代表を務める。著書に『雨が降れば傘をさす』(アチーブメント出版)がある。

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