2024年10月17日
発売から60年が経つ大人気絵本『ぐりとぐら』、童話『いやいやえん』などの作品を通じて多くの子供たちの心に灯をともしてきた児童文学作家の中川李枝子さんが、2024年10月14日、老衰のためお亡くなりになりました。89歳でした。『致知』では、2023年月10号で同じく児童文学作家のあまんきみこさんとご対談いただき、人生で邂逅を果たした本や人について、また作品に込めた想いを語っていただきました。よき人との出逢いが人生の扉をひらく――。中川李枝子さんのご冥福を心から祈り、弊誌掲載記事の一部を配信させていただきます。
子供たちが一番厳しい先生
〈あまん〉
中川さんは確か保育園の先生をされていらしたのよね。
〈中川〉
そう。世田谷区にあるみどり保育園に17年間勤めました。戦後間もないあの頃の子供たちの楽しみって、紙芝居なの。紙芝居をやるよって言うともう喜んでね。日本昔ばなしとか、とっかえひっかえに読み聞かせてやるんだけど、一番短いお話は12枚しかないの。そうすると、「ちぇっ、きょうは12枚かよ」って言うのよ(笑)。
〈あまん〉
長いのを要求するのは子供たち?
〈中川〉
子供たち。私にとっては子供たちが世界一厳しい先生でした。気に入らないお話にはそっぽを向き立ち上がってどこかへ消えてしまいます。反対にいったん気に入ると、何十回でも何百回でも読んでとせがみ、毎回、大真面目に聞いて、同じところで笑い転げるのです。中でも一番子供が喜んだのが『ちびくろ・さんぼ』の絵本を基に私がつくった紙芝居。子供たちを喜ばせようと思って、結構長いお話をつくってね。
〈あまん〉
あのお話はうちの子供も孫も大好き。
〈中川〉
喧嘩をしたトラがグルグル回っているうちにバターになってしまい、そのバターを使ってホットケーキを食べるっていうお話ですけど、あまりにも子供たちに人気だったので、園長先生が子供たちに実際にホットケーキを焼いてくださったの。その時の皆の喜びようったらすごくてね。
それで、ホットケーキよりももっとおいしいものを登場させた物語をつくって子供たちを喜ばせたいと思って出来上がったのが『ぐりとぐら』のカステラをつくるお話なんです。
当時は最高のお菓子と言えばカステラ。そして大きなカステラをつくるために、主人公を小さくしようと考えてネズミにしたの(笑)。〝ぐりとぐら〟というネーミングも、子供たちに人気だったフランスの絵本『プフとノワロー』の中に「グリ、グル、グラ」と囃子歌を歌う場面があって、その音の響きが子供たちに大受けだったから、主人公の名前に拝借したの。
〈あまん〉
子供たちを喜ばせたい一心で生まれた絵本なのね。
(本記事は月刊『致知』2023年10月号 特集「出逢いの人間学」より一部抜粋・編集したものです)
◇あまん・きみこ(本名・阿萬紀美子)
昭和6年旧満州に生まれる。20歳で結婚し一男一女をもうける。日本女子大児童学科(通信)卒業。與田凖一に出逢い児童文学の道に入る。坪田譲治主宰の「びわの実学校」に「くましんし」が掲載される。『車のいろは空のいろ』で日本児童文学者協会新人賞、野間児童文芸推奨作品を受賞。『ちいちゃんのかげおくり』(上野紀子・絵/あかね書房)『きつねのかみさま』(酒井駒子・絵/ポプラ社)など多数。令和5年『新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい』(黒井 健・絵/ポプラ社)で第70回産経児童出版文化賞。
◇中川李枝子(なかがわ・りえこ)
昭和10年北海道生まれ。都立高等保母学院卒業後、17年間保育士として働きながら、児童文学グループ「いたどり」の同人として創作を続ける。昭和37年に出版した『いやいやえん』(絵・妹の大村百合子/福音館書店)で厚生大臣賞など数々の賞を受賞。絵本に「ぐりとぐら」シリーズ(絵・妹の山脇百合子/福音館書店)、童話に『ももいろのきりん』(絵・夫の中川宗弥/福音館書店)など多数。