人は心の拠り所を求める——『論語』が2,000年以上読み継がれる理由【加地伸行×数土文夫】

左が数土氏、右が加地氏

2000年以上の時を越えて読み継がれてきた東洋古典『論語』。孔子とその高弟たちの言行録には、人間いかに生くべきかという原理原則が凝縮されています。中国思想研究の第一人者である加地伸行さんと古典の教えを経営に生かしてこられた數土文夫さんに、「孔子の歩いた道と遺した言葉」について語り合っていただきました。

『論語』はなぜ時代を越えて愛されるのか

〈數土〉
なぜ『論語』が2000年以上読み継がれてきたかを考えると、一つは漢王朝の国教に採用されたことが大きいですね。乱世を治めて新しい王朝ができると、皇帝がまず願うのは王朝が長続きすることです。要するに守成が一番重要であると。そのために前の王朝が取り入れていたものを全部否定し、自分たちの教えが正しいと示す。

紀元前136年、前漢の武帝が儒教を国教に定め、『論語』をはじめとする「四書五経」が平和の教科書に位置づけられていく。だから、『論語』が語り継がれている最大の功労者は武帝だと思います。

もう一つの理由は、孔子が古来稀なる長寿を得、多数の弟子に恵まれたことだと司馬遷の『史記』から窺い知れます。

そこに加えるに、『日本経済新聞』に「私の履歴書」という連載がありますけど、『論語』は孔子の弟子たちが一所懸命に白熱の議論を経てつくった師の履歴書だと、私はそう思っているんです。

〈加地〉
なるほど、面白いですね。

〈數土〉
「曽子曰く、士は以て弘毅(こうき)ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦(また)重からずや。死して後已やむ。亦遠からずや」

(曽先生は言われた。士は度量が広く意志が強固でなければならない。それは任務が重く、道は遠いからである。仁を実践していくのを自分の任務とする。なんと重いではないか。全力を尽くして死ぬまで事に当たる。なんと遠いではないか)

これは弟子の曽子が孔子の人生そのものを表現したわけで、誰が読んでも納得できます。この一語を以てしても、曽子が孔子の代表的な四弟子の一人である所以(ゆえん)が窺えます。

その時々の政権が乱れたりご破算になったりしても、この孔子の履歴書があれば国を平和に治められる。徳川家康もそれに気がついて儒教を重視し、この章句に感銘を受けて、「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし」という言葉を残しているのでしょう。

〈加地〉
やっぱり人間は誰しも生きていく上で拠り所を求めていると思うんですよ。その拠り所を宗教に見出す人もいれば、自分の両親から教わったこと、恩師から習ったこと、哲学や歴史の書物から学んだことなどを拠り所にする人もいます。特に企業経営者には拠り所を持っていない人などいないでしょう。

〈數土〉 
全くその通りです。

〈加地〉
優れた本がたくさんある中で、多くの人が拠り所として読んできたのが『論語』でした。『論語』にこう書いてあるといわれると、何となく納得できるんですね。

先ほど漢帝国が儒教を国教にしたという話が出ましたので、ちょっと付け加えさせていただきますとね。当時の漢民族の政治的才能ってすごいと思うんですよ。

戦乱の時代を経て漢帝国という統一国家ができましたから、まず最優先は治安ですね。これを守らないと己(おのれ)が危ない。治安を安定させるためには、強盗や殺人などを犯した者は逮捕して刑罰を与えるという、権力主義的な実力行使をやらないといけない。しかしそれだけでは統一国家をつくる前の時代と何ら変わらないわけですね。そこへ持ってきたのが儒教だったんです。

つまり、儒教の持っている精神性だけでは政治は成り立たない。確かに儒教が表には見えていますけど、背後には現実的な法思想があった。法思想の上に載った儒教として機能していたと思います。

〈數土〉
そういう見識を持った上で『論語』に愛着を持ち、人生の指標にしていくことが大切ですね。


(本記事は月刊『致知』2023年6月号 特集「わが人生の詩」一部抜粋・編集したものです)

◎加地さんと數土さんの対談には、

・絶海の孤島に携えたい本
・読むたびに新発見がある
・孔子の先生は誰か
・孔子にとって最大の失敗
・修養しない人を嫌った
・君子と聖人の違い

など、孔子という人の実像、『論語』の教えのエッセンスがぎっしり詰まっています。本対談の詳細・購読はこちら【「致知電子版」でも全文がお読みいただけます】

◇加地伸行(かじ・のぶゆき)
昭和11年大阪府生まれ。京都大学文学部卒業。専門は中国哲学史。大阪大学名誉教授、立命館大学フェロー。平成20年第24回正論大賞受賞。著書多数。『論語』の関連書としては『論語全訳注増補版』『論語のこころ』(共に講談社学術文庫)『論語』『孔子』(共に角川ソフィア文庫)『論語入門 心の安らぎに』(幻冬舎)など。

◇數土文夫(すど・ふみお)
昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。

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