吉田松陰と松下幸之助——二人の偉人はなぜ日本の未来を憂いたのか(上田俊成×上甲晃)

片や幕末の動乱期、片や昭和の激動期。活躍した時代・成し遂げた事業こそ異なるものの、共に強烈な憂国の情を抱いて「人づくり」に命を懸けた二人の先人がいます。明治の偉人を多数育てた吉田松陰、一代で松下電器産業をグローバル企業へ成長させた昭和の大経営者・松下幸之助です。吉田松陰を祀る松陰神社の名誉宮司・上田俊成氏と、松下政経塾塾頭として松下幸之助に薫陶を受けた上甲晃氏に、それぞれの人物像を交えてその功績を辿っていただきました。

日本は危機の最中にある

〈上田〉 

私の話が長くなりましたが、松下幸之助さんの人づくり、国づくりについてはどうお考えですか。

〈上甲〉 

いまの話と関連するのですが、指導者に必要なのは危機感だと思うんです。松陰先生の時代には、このままでは日本は欧米列強の植民地にされてしまうという強烈な危機感がありました。それが人物を生み出す大きな原動力になったんですね。残念ながら太平の世で心配事のない時代には、なかなか人物は出てこないのでしょう。

戦後の高度経済成長期に皆が欧米に追いつけ追い越せと外に目を向ける中、松下幸之助はこのままでは日本はやがて行き詰まると強烈な危機感を持っていました。

戦後30年にわたる日本の繁栄は、物理的な豊かさに反比例して精神的豊かさが失われている。進学率も上がっているのに世の中が一向によくならないのは、根本的に教育のあり方を履き違えているからだ。また、国家経営の理念が欠如した我が国は、借金ばかりが溜まって将来財政が破綻するだろう。一経営者でありながら、こうした危機感を募らせていたのです。

このやむにやまれぬ思いが、84歳の松下幸之助に松下政経塾をつくらしめたのだと思います。

青年の本質について『松下幸之助発言集』にはこう書いてあります。「自分のことだけを考えることに終始せず、広く社会を見、世界を見るところに人間の本質、青年の本質がある」と。明治の志士たちはまさに世界における日本の現状を憂いて、皆が日本国のために真剣に議論していた。

果たして今日の青年はいかがかと。松下幸之助は、「維新の青年とは反対に、自己に執着しかつ互いに依存する雰囲気が蔓延している。これでは絶対に日本はよくならない」と断言しています。無関心もよくないですが、自己に執着して天下のことなど関係ないと考える、これが一番危ういのです。多くの人がその危機に対する認識が甘く、非常に危うい状況だと思います。

〈上田〉 

全く同感です。

〈上甲〉 

じわーっと悪くなるのが一番怖いんです。私は思うんですが、人がこれは危ないと気づいた時点で、既に問題は半分解決しているのだと。危ない状況に気づいていないことが一番危ない。それがいまの現状です。

〈上田〉 

まさに松陰先生の「天下の大患は、其の大患たる所以を知らざるに在り。苟も大患の大患たる所以を知らば、寧んぞ之これが計を為さざるを得んや」(いまの天下国家における大きな心配事は、その心配事、深い憂いの理由を知らないところにある。そもそも大きな憂い事の真の理由を知ったなら、どうしてそれに対処する計画を立てないでいられようか)の言葉の通りですね。

〈上甲〉

本当に、いま日本が安泰なのか危機の中にあるのか、『致知』のような本を読んで見識を高めていただきたいと思います。


★(本記事は月刊『致知』2023年5月号「不惜身命 但惜身命」一部抜粋・編集したものです)

◎上田さんと上甲さんの対談には、

・熱誠の人 吉田松陰の遺言

・熱心さでは誰にも負けなかった松下幸之助

・志を持つのに年齢は関係がない

・なぜ松下村塾から多くの人物が生まれたのか

・最後まで国を憂いた松下幸之助の志

など、二人の偉人の生き方、日本への憂いから、いま日本人が取り戻すべき精神を学びます。本記事の詳細・ご購読はこちら「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】

 

◇上甲晃(じょうこう・あきら)

昭和16年大阪市生まれ。40年京都大学教育学部卒業と同時に、松下電器産業(現・パナソニック)入社。56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年青年塾を創設。著書に『志のみ持参』『松下幸之助に学んだ人生で大事なこと』『人生の合い言葉』など。最新刊に『松下幸之助の教訓』(いずれも致知出版社)。

◇上田俊成(うえだ・とししげ)

昭和16年山口県生まれ。國學院大學史学科卒業。飯山八幡宮宮司、山口県神社庁長、神社本庁理事、山口県文化連盟会長、長門市文化振興財団理事長を歴任。平成15年松陰神社宮司を経て、28年より名誉宮司・顧問に。著書に『零言集』(マシヤマ印刷)の他、今年3月に『熱誠の人 吉田松陰語録に学ぶ人間力の高め方』(致知出版社)を刊行。

 

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