侍ジャパン前監督・栗山英樹の苦境を支えた『論語と算盤』

2021年から侍ジャパントップチームを率い、今年3月に開催されたWBC(ワールドベースボールクラシック)で、3大会ぶり3度目となる世界一に導いた栗山英樹監督。栗山監督の固定観念に捉われない采配や、選手の能力を最大限に引き出す指導哲学の根底には、渋沢栄一の名著『論語と算盤』があると言います。『論語と算盤』の学びをいかに野球へ置き換え、実践してきたのか。論語塾講師として、幅広い年齢層に『論語』の魅力を伝える安岡定子さんと語り合っていただきました。

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苦悶の時期を支えた『論語と算盤』の言葉

〈栗山〉
僕が『論語と算盤』と出合ったのは監督になる前でしたが、本当の出合いという意味では2013年、監督2年目でリーグ最下位に落ち込んだ時かもしれません。

1年目は優勝していただけに、なおさらショックは大きかったですね。この時、過去に読んだいろいろな本に目を通すと共に、心に残った言葉を書き留めたノートを読み返し自分を鼓舞しました。すると、その言葉の多くが『論語と算盤』からの引用だったんです。

それこそ、周囲からいろいろなことを言われ続けた時期でしたが、『論語と算盤』の言葉を噛み締める中で「こうやってグチャグチャになって苦しんでいる時ほど、何かが生まれるんだ」という信念が芽生えるのを感じました。

〈安岡〉
厳しい時期を『論語と算盤』の言葉で乗り越えていかれたのですね。

〈栗山〉
渋沢さんはこの本の中で、「和魂漢才」という言葉を「士魂商才」という言葉に読み替えていますでしょ。

それを野球に置き換えたらどういうふうになるかと選手たちに考えさせるのを思いついたのもこの時です。そのことを通して選手たちが人間的に大きく成長してくれるのではないかと。

例えば、僕は「野球選手がどんな魂を持ち、どんな技術・才能があったら一番うまくなるのか考えてごらん」と呼び掛けました。その上で「和魂球才に至るには和魂尽才だよね」と例を挙げて説明しました。

要するに、渋沢さんが「結果ではなく、やり切ったかどうかに意味がある」とおっしゃっているように、野球選手の実力差は結局のところ、最後までやり尽くしたかどうかの差でしかないと伝えたかったんです。

このようにして私と『論語と算盤』との会話が始まったわけですが、いま振り返ると、この時がこの本との本当の出合いでしたね。選手たちにも読んでほしいと強く思うようになったのもこの頃です。

〈安岡〉
そういえば、栗山さんから『論語と算盤』を受け取った大谷選手が、目標シートに「毎日この本を読む」と書き入れたという話を読んだことがあります。

〈栗山〉
その話は僕も間接的に聞きましたが、翔平自身、人の話を聞く力、受け止める力を持っている選手なんです。

実際、彼が入団5年後に大リーグに移籍する時、いまどんな本を読んでいるかを聞いたところ、『論語と算盤』に加えて安岡正篤、中村天風といった方々の本を挙げてきたのには驚きました。

僕が読めと言ったわけではありませんし、そこが彼の感性の素晴らしいところですね。

〈安岡〉
真剣になるほど本物の書物を求めるようになると祖父も言っています。

私は、経済が右肩上がりで順風満帆な時にはあまり注目を集めなかった渋沢栄一という人物が、いまのように人間の力ではどうしようもない自然災害や考えられない事件が次々に起きる時代に注目を集めていることに大きな意味があるような気がします。

「このままいったらまずい」と思うところに、小手先だけでなく、より精神的なものを求める心が芽生える。それが宗教の教えだったり『論語』などの古典だったりするのでしょう。

渋沢さんは明治期、西洋のものが入ってくることを予想して、その受け皿を東洋古典に求めましたが、いまもまさにそのような時代なのだと思います。

その意味でも『論語と算盤』にはこれからの時代を生きる上でのヒントがあるのではないでしょうか。


(本記事は月刊『致知』2022年3月号 特集「渋沢栄一に学ぶ人間学」から一部抜粋・編集したものです)

◉『致知』最新10月号 特集「出逢いの人間学」に栗山さんがご登場!!

今年3月に開催されたWBC(ワールドベースボールクラシック)で、3大会ぶり3度目となる世界一に輝いた侍ジャパン。その快挙は日本中に歓喜の渦を巻き起こし、勇気と感動を与えてくれました。
チームを率いた名将・栗山英樹監督が予てお会いしたかったという横田南嶺氏と共に、悲願達成までの舞台裏を振り返りつつ、その最大の勝因、今大会を通して得た学び、さらにはいかなる出逢いによって自己を磨いてきたか、指導者としての哲学を縦横に語り合っていただきました。野球と禅――異色の組み合わせながら、そこに通底する人間学談義に興味は尽きません。ぜひご覧ください。【詳細・購読は下記バナーをクリック↓】。

栗山英樹監督より『致知』へコメントを頂戴しました

〝私にとって『致知』は人として生きる上で絶対的に必要なものです。私もこれから学び続けますし、一人でも多くの人が学んでくれたらと思います。それが、日本にとっても大切なことだと考えます。〟

◇栗山英樹(くりやま・ひでき)
昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・クラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。16年白?大学助教授に就任。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、24年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。同年正力松太郎賞などを受賞。令和3年退任し、侍ジャパントップチーム監督に就任。著書に『栗山魂』(河出文庫)『育てる力』(宝島社)など。

◇安岡定子(やすおか・さだこ)
昭和35年東京都生まれ。二松學舍大学文学部中国文学科卒業。安岡正篤師の令孫。「こども論語塾」の講師として、全国各地で定例講座を開催。『論語』ブームの火付け役といわれる。現在は大人向け講座や企業向けのセミナー、講演などでも幅広く活躍。令和2年より公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長。著書に『楽しい論語塾』『0歳からの論語』(共に致知出版社)など。

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