2023年02月22日
(写真左が堀澤氏、右が滝田氏)
十二年籠山行という難行を戦後初めて満行した泰門庵住職・堀澤祖門氏。舞台やテレビで活躍する一方、仏道修行や仏教彫刻を通して道を求め続ける俳優・滝田栄氏。志を抱いて一途に生きるお二人が語る、それぞれの人生の土台を築いた命懸けの体験とは。
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我を捨て切った時仏が姿を現す
〈滝田〉
ここでぜひ堀澤先生が行じられた十二年籠山行についてのお話をお聞かせください。
〈堀澤〉
籠山行というのは伝教大師(最澄)が自ら制定なさった、文字通り寺(山)に籠もりっきりで行う修行ですが、伝教大師は「どんな凡庸な人間でも12年間もひたすら行に徹すれば一つの結果が出せる」ということをおっしゃっています。そして、その籠山行をする前段階として好相行というものを定められました。
好相(仏の姿)を見るための行なのですが、なぜそういう行をやるかというと、坊さんが出家する時、師のもとで受戒しますね。しかし、すぐにお酒を飲んだりしてその戒を破ってしまう者もいる。伝教大師はこれでは駄目だと。本当の意味での戒律をもう一度授けないといけない。それには仏様から直接、受戒のための許可を得なくてはいけないとお考えになりました。
具体的に申し上げれば、お堂の一隅に幕を張って、そこに釈迦、文殊、普賢三尊の軸を掛けて、その前で三千の仏のお名前を一つずつ唱え、その一つひとつに対して五体投地、全身を大地に投げ出して礼拝をする。これをやり終えるのに丸一日かかります。だから昼も夜もぶっ通しで行う。その苛酷な行を毎日続けるうちに、仏が目の前に現れて好相が得られるというのが好相行なんです。好相が得られるまで、この行は終わらずいつまでも続きます。
〈滝田〉
横になって眠ることもできないのですか。
〈堀澤〉
不臥行には違いありませんが、どうしても心身共に疲労困憊しますから、途中でぶっ倒れたりするのを避けるために縄床と呼ばれる四角い椅子があって、そこでしばらく休むことは許されているんです。疲れ切った時にはそこに座って休むのですが、引っ張り込まれるように眠り込んでも、身体の痛みと寒さで30分もすると必ず目が覚めるんですね。
〈滝田〉
仏様は現れたのですか。
〈堀澤〉
最初の頃、私は山登りをイメージしました。1週間かけて山に登り、頂上に行った頃に仏様が現れると。ところが、そんな打算や期待、「ああしたい、こうしたい」という我見のある間は現れない。無心になって行に打ち込み、我見や分別をすべて捨て切って初めて仏様は姿を現されます。
それで3か月ほど経った頃、縄床でまどろんでいると、ぱっと仏様が目の前に現れたんです。驚いて目を開けると、2、3メートル先、床から2メートルほどの高さのところに1メートルほどの大きさの仏様がいて、私をじっと見ておられる。闇の中ですけど、衣が動いていて、右手から下りてきた紐が私の腰を巻いていくのがはっきり見えました。これには本当に驚きましたね。
瞬間的にこの御姿はお釈迦様だと思った時、私の腹の底から「南無釈迦牟尼仏」という言葉が果てしなく突き上げてくるんです。合掌したまま、その言葉を私は繰り返し唱えていて、涙がとめどなく流れました。
14年間続いた命懸けの感動の舞台
(中略)
〈滝田〉
お話を聞いていて圧倒されました。実際に行をやられた方の話には言葉がないですね。凄まじい体験を通して何か「これだ」というものを掴まれたのですか。
〈堀澤〉
好相行は悟りの体験ですかと聞かれる人がいますが、それは違います。あくまで戒律を受ける認可を得るためのもので、悟りとはまた別のものです。そこからが本当の修行のスタートなんですね。
〈滝田〉
私は堀澤先生と全くジャンルは違いますが、命懸けで舞台を務めあげた経験があります。
家康の後に、世界的なミュージカル『レ・ミゼラブル』が日本でも上演されることになって、1年掛かりのオーディションの後に僕が主役のジャン・バルジャンに選ばれて、それから1年間の稽古を経て3年目に幕が開くという舞台でした。
普通、ひと月、ふた月で舞台は終わっていくものですけど、この舞台は観客が絶えなくて、僕が52歳になるまでの14年間続きました。しかも1回二千人が入るんです。それを多い時には1日に2回やって、それこそ世界タイトルマッチを1日に2回やるような苛酷さなんです。
ある時は女性を抱え上げるシーンでぎっくり腰になり、テーピングをして激痛に耐え2か月間休まずに演じたことがあります。それ以前にも舞台で背中の筋肉を切ってしまって呼吸ができず、槍に突かれたような痛みを和らげるために、全身に30本以上の鍼を刺して演じたこともありました。
〈堀澤〉
まさに体力の限界ですね。
〈滝田〉
この14年間は、声を守るために家族ともあまり口をきかないというくらいストイックな生活でしたね。
ありがたいことに、毎回舞台が終わると観客が総立ちになって、滂沱の涙を流しながら僕を送ってくださるんです。カーテンコールの鳴りやまぬ拍手と多くの感動を、これほど多くの人たちと共有できた震えるような喜び。それはいまでも僕の財産ですね。「魂が震えた」という手紙もたくさんいただきました。
僕は「人間、人生って素晴らしいんだ。人は生まれ変わることができるんだ」ということを証明できるような芝居をしたいと思ってジャン・バルジャンを演じさせていただきましたが、ふと立ち止まってそれ以上の感動を観客に伝えられるだろうかと思った時に、次のテーマが見つからないんです。それを越える存在は僕にとってはお釈迦様だけでした。
僕は家康を演じて以降、仏教に強い関心を抱くようになり、師に就いて教わっていたのですが、機会を見て仏教を深く学んでみたいと思うようになっていたんです。(後略)
(本記事は月刊『致知』2021年7月号 特集「一灯破闇」より一部抜粋・編集したものです)
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◇滝田栄(たきた・さかえ)
昭和25年千葉県生まれ。中央大学在学中に演劇と出合い、文学座演劇研究所から劇団四季を経て独立。58年のNHK大河ドラマ『徳川家康』で主演。『草燃える』『なっちゃんの写真館』などのテレビドラマでも活躍。62年に始まった舞台『レ・ミゼラブル』は初演から14年間主役を演じ続ける。料理番組『料理バンザイ!』の司会は57年から20年間務めた。40代で仏像制作を始め、仏教の研究、講演活動なども続けている。
◇堀澤祖門(ほりさわ・そもん)
昭和4年新潟県生まれ。25年京都大学を中退して得度受戒。39年十二年籠山行を戦後初めて達成。平成12年叡山学院院長、14年天台座主への登竜門「戸津説法」の説法師を務める。25年三千院門跡門主。令和3年より現職。著書に『君は仏、私も仏』(恒文社)『求道遍歴』(法藏館)『枠を破る』(春秋社)など。