2023年02月18日
日本を代表する伝統芸能・人形浄瑠璃文楽。その人形遣いの一道を50年以上にわたって歩み続けてきたのが三世桐竹勘十郎さんです。「足遣い10年、左遣い15年」と言われる厳しい文楽修業を積み重ねてきた勘十郎さんに、若き日の学びや師匠の教え、その中から掴んだ人生・仕事の極意を語っていただきました。
いまの我慢は将来の貯金
〈――入門後はどのように修業を積み重ねていかれたのですか。〉
〈桐竹〉
文楽の人形は、「主遣い」「左遣い」「足遣い」の3人で役割分担しながら動かすんですね。正面から見て、人形の左側に立つのがリーダー役の主遣い。主遣いは左手で人形の首を、右手で人形の右手を持ちます。人形の右側に立つ左遣いは、自分の右手で人形の左手を持ち、足遣いは主遣いと左遣いの二人の間で常に腰を低く落として両手で人形の足を持ちます。
文楽の人形遣いは、入門するとまず基本中の基本である足遣いの修業から始まって、だんだん経験を積んでいく中で、左遣い、主遣いというように進んでいくのですが、まあ、足遣いに10年、左遣いに15年くらいはかかります。
〈――足遣いに10年、左遣いに15年……。凄すさまじい世界ですね。〉
〈桐竹〉
足を動かすのに10年もかかると聞いて、よほど不器用だと思われるかもしれませんが、そうではないんです。文楽の修業は足遣いをやりながら左遣い、主遣いの勉強も段階的にできるよう、合理的にできているんですよ。いつの時代からそうなったか分かりませんけれども、全く無駄がない。
というのは、舞台では主遣いが左遣い、足遣いに常に合図を送りながら一体的に人形を動かしていきます。特に足遣いは主遣いの腰のあたりに必ず自分の体のどこかが当たっていて一体となっており、人形の動きや合図の出し方が体験として全部頭に入ってくるんです。これが後から役に立ってくる。
左遣いも、長い期間をかけていろんな役を経験する中で、同時に主遣いの動きを勉強していく、主遣いとしてその役のやらなくてはいけないことが全部頭に入ってくると。実際、舞台で何かあった時に、ぱっと代役を務めるのは左遣いです。ですから、足遣いを飛ばして左遣いはできませんし、左遣いをやらずに主遣いができるかといえば、これまたできません。
〈――しかし、主遣いになるまでに10年、20年かかるというのは大変な我慢、忍耐が必要ですね。〉
〈桐竹〉
足遣いと左遣いは舞台では「黒衣」という黒い衣裳を身につけて顔を頭巾で隠しますし、番付やチラシに名前も出ません。一所懸命に足を遣っても、お客様が拍手を送るのは顔の見える主遣いの人なんです。誰も褒めてくれない。
確かに足遣いをやっている若い頃、下積み時代というのはいろんなことを考えるんですよ。自分のやっていることがばかばかしくなったり。私も「しんどい」「やめたい」と思ったことがあります。
でも、それを「いまは10年、20年後の自分のための貯金をしているんだ」「真面目めに貯金を積み重ねていけば、いつかは必ずぱっと使える時が来る」。そう気持ちを切り替えて乗り越えてきました。
★(本記事は月刊『致知』2023年2月号「積善の家に余慶あり」より一部抜粋・編集したものです)
◎三世桐竹勘十郎さんご対談には、
- 60歳を過ぎてからが本当の修業の始まり
- 八か月の未熟児で生まれて
- 教えられたものは身につかない
- 常に神経を一本、仕事に繋いでおく
- 一日一日の積み重ねが人生・仕事をひらく
など、厳しい芸の世界で掴んだ人生・仕事発展の極意中の極意がぎっしり詰まっています。ぜひご覧ください。本記事の詳細・ご購読はこちら【「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】
◇桐竹勘十郎(きりたけ・かんじゅうろう)
昭和28年大阪府生まれ。42年文楽協会人形部研究生になり、三世吉田簑助に入門、簑太郎を名乗る。61年咲くやこの花賞、63年大阪府民劇場賞奨励賞、平成11年松尾芸能賞優秀賞。15年父・二世桐竹勘十郎の名跡を継ぎ、三世桐竹勘十郎を襲名。20年芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章、21年日本芸術院賞。令和3年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。著書に『なにわの華文楽へのいざない:人形遣い桐竹勘十郎』(淡交社)『一日に一字学べば……』(コミニケ出版)などがある。
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