いまこそ学ぶべき古典──『中庸』が示す「生きる上で最も大切な目標」

『論語』『大学』『孟子』とともに「四書」の一つに数えられる『中庸』。多くの先人たちが人生の真理を学び、自らの心を錬磨してきたその教えは、現代を生きる私たちにも様々な知恵を与えてくれます。安岡正篤師の高弟であり、“古典活学の第一人者”と称された故・伊與田覺氏に、『中庸』に記された精神を紐解いていただきました。
 ※記事の内容・肩書きは掲載当時のもの

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孔子の思いを体系化した孫の子思

『論語』『孟子』と並ぶ中国古典・四書五経の一つに『中庸』という書物があります。

これはいまから2,400年ほど前、孔子の孫である子思(しし)によってまとめられました。日本でも古くから人間学を学ぶ手近なテキストとされ、日本人の精神文化に大変大きな影響を与えてきました。多くの先人たちがこの『中庸』を読んで、自分自身を磨いてきたわけです。

『中庸』の本題に入る前に、孔子から子思に至る流れを簡単に見てみることにしましょう。

皆様の中には『論語』をお読みになった方がいらっしゃるでしょうが、孔子の心は「五十にして天命を知る」という有名な言葉に言い表されております。50歳にして天命、自分自身の存在の真意というものを知った。このことが孔子の一大転機でありましょう。実際、50歳以降の孔子の言動を見ると、その天命に沿う生き方をしております。

しかし、孔子自身は天命がどういうものか説明してはおられない。おそらく弟子たちはまだまだ完成には遠く、天命といっても雲の上の話のように思って、なかなか受けつけなかったのではないでしょうか。

3,000人の弟子の中で、天命という話に通じた弟子はただ一人、顔回(がんかい)だけだったと思います。ところが、その顔回は孔子が70歳の時に師に先立って亡くなってしまいます。

完熟の境地に近づいている孔子が愛弟子の死に接して

「天予(われ)を喪(ほろ)ぼせり、天予を喪ぼせり」

と体を震わせて泣き崩れたといわれていますから、いかに深い悲しみだったかが分かります。

しかし、幸いにして72歳の時に曾子という26歳の弟子を得ることができた。曾子はあまり頭はよくなかったらしいけれども、非常に素直で実行力に富んだ青年でした。

孔子が亡くなった後、『大学』や『孝経』を著し、師の教えを後世に伝えたのが、ほかならぬこの曾子だったのですね。

『中庸』を書いた子思は孔子の孫であると同時に、曾子の弟子でもありました。子思は晩年の孔子に接する機会も得ていました。おそらく孔子は曾子にこの愛孫を託し、曾子もそれに応えて心魂を傾けて子思を教育したと思います。隔世遺伝とでも申しますか、子思もまた大した人物に成長していくのです。

では、この『中庸』とは一言でどういう書物なのでしょうか。

『論語』は孔子の語録集であり体系化されたものではありません。その非常に深い内容をまとめ、体系化したのが『中庸』だといってよいでしょう。

私はこれまで数々の古典に触れてまいりましたが、『中庸』ほど感涙にむせんだものはありません。読むほどに「孔子の思いが孫の子思にこれほどまでによく伝わっているものなのか」という熱い思いが込み上げてくるのです。

天から授かった使命を一生かけて完遂していく

『中庸』の精神は、その第一章に集約されていると思います。

天の命ずる之を性と謂(い)い、性に率(したが)う之を道と謂い、道を脩むる之を教と謂う。

これは第一章冒頭の一文です。我々人間は自分で勝手に生まれてきたように思っているけれども、これは天の働きによるものです。

森羅万象はすべて天によって創造されたもので、それぞれの特色を持っております。人間は人間として、動物は動物として、草木は草木としてそれぞれの特徴を持ってここに生まれてきた。「性」というのはそれです。

そういう面からすると、万物は天のなせるものですから、すべて兄弟ということになるわけですが、60億の人間に1人として同じ人はおりません。顔も全部違う。

先日の私のセミナーでも、ある社長さんが私のところに来て「あなたは親父と瓜二つだ。親父に会うようなつもりできょうは伺いました」と言って名刺を差し出されましたが、そんな人も時にはおりますね。だけどよく見れば別人だ。それと同じように、それぞれに与えられた働きがある。

これを「天命」といいます。

人間が人間となるための一番の目標は何か。結局、天から特別な使命を受けてこの世に誕生した、その使命を一生かかって完成していくことに尽きるのではないかと私は思います。

ここで大切なのは、天命を完成させるための道、ルールが皆それぞれに違うということです。その人独自のルールというものがある。自分に合ったルールを知ることがとても大切になってくる。

しかし、そのルールは自分で見つけようと思っても、なかなかそうはいかないんですね。あちらに迷い、こちらに迷い、時には迷路に入り込んで出られなくなってしまうこともあります。

そういう中にあって、ルールを見つけ間違わずに歩いて天地の心に還っていったのがキリスト、釈迦、孔子、老子といった人たちです。そういう先人たちが後から来る者のために「ここを歩けば目的地に到達する」という道標を与えられた。これを「教」というんです。

一口で道といっても、あれこれの道があります。富士山に登るのでもそうです。だけど目的地である頂上は一つ。先人の残した教え、道標によって、自分にとってどの道が一番適当かということを知ることです。

赤色が好きな人もいれば、青色が好きな人もいる。黄色が好きな人もいる。それをさらに追求していくことによって、自ずと自分の歩むべき道が分かってくるのではないかと思います。


(本記事は月刊『致知』2010年11月号 特集「人間を磨く」より一部を抜粋したものです)

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◇伊與田覺(いよた・さとる)
大正5年高知県に生まれる。学生時代から安岡正篤氏に師事。昭和15年青少年の学塾・有源舎発足。21年太平思想研究所を設立。28年大学生の精神道場有源学院を創立。32年関西師友協会設立に参与し理事・事務局長に就任。その教学道場として44年には財団法人成人教学研修所の設立に携わり、常務理事、所長に就任。62年論語普及会を設立し、学監として論語精神の昂揚に尽力する。
著書に『人に長たる者の人間学』『「大学」を素読する』『人物を創る人間学』『安岡正篤先生からの手紙』、編著に『「論語」一日一言』(ともに致知出版社)など。

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