「身の危険はないですか?」——大きなタブーだった北朝鮮拉致問題【横田拓也×西岡力】

当時中学1年生だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて45年の歳月が過ぎました。今日まで拉致被害者救出運動の先頭に立ってきたのが被害者の家族でつくる「家族会」とそれを支援する「救う会」です。政府間の交渉は依然膠着状態にありますが、「家族会」代表の横田拓也さん、「救う会」会長の西岡力さんは共にいまも解決に向けて全力で走り続けています。

拉致問題の敵は日本の中にいる

〈西岡〉 

私はもともと朝鮮問題専門の研究者ですが、週刊誌や新聞が拉致について少しずつ取り上げるようになったのは1980年代になってからです。その頃から公安関係者や一部の朝鮮問題の専門家の間で実際に拉致があることは言われていて、私はそれらの情報を集めて1991年、ある月刊誌に論文を発表しました。

しかし、世の中の関心は全く呼ばずに、それどころか公安や外務省、自衛隊関係者から「身の危険はないですか」と何度も言われました。つまり、北朝鮮拉致問題は触れてはいけない大きなタブーだったんですね。

参議院予算委員会で梶山静六国家公安委員長が北朝鮮による拉致の疑いが濃厚だという答弁をしたのが1988年3月。しかし、家族はまだ記者会見はしませんでした。名前を出すと被害者が殺されてしまうかもしれないというアドバイスを関係者がしていたんです。また、それは「自分たち家族が表に出ないほうが政府の有利になるのだったら、政府を信じて待ってみよう」という意思表示でもあったわけです。

〈横田〉 

そうですね。

〈西岡〉 

当時、国内にはメディアにも外務省にも政治家にも北朝鮮を支持する勢力が多数派で存在していて、それを打ち破る術はありませんでした。安倍元総理は90年代初頭、父・晋太郎さんの秘書官だった頃に有本恵子さんのご両親に会われて、以来、ライフワークとして拉致問題解決に取り組まれるわけですが、そういう人はごく少数でした。

1996年、あるテレビ局のジャーナリストが「13歳の少女が日本海側から拉致されたという情報を韓国側が入手した」との論文を、私が編集長をしていた月刊『現代コリア』に寄稿くださいました。私たち『現代コリア』編集部の調査でその少女が横田めぐみさんという名前だと分かり、情報の内容を精査、間違いないと判断した上で、国会で取り上げてもらうよう議員に働き掛けました。

横田滋さんがめぐみさんの実名を公表すると決断されるのは、拉致を国会で取り上げる前の記者会見の時で、そのことによって重い重い扉が開いたんですね。それまでのタブーを破ったのは政治家でもマスコミでも我われ研究者でもない。当事者のご家族、特に奥様やお子さんが反対される中で大きな決断をされた滋さんの力が極めて大きいと思います。それが日本を変え、日朝関係を変え、拉致が世界に及んでいるという事実を明らかにしたわけです。

〈横田〉 

母はめぐみが失踪してほどなくしてキリスト教に出逢い信仰を持つようになりましたが、父は自らの手で可愛い我が子を救い出すという思いがとても強く、宗教を信じることはしませんでした。

神を信じる、信じないという以前に、娘の名前を出してでも拉致問題を動かすという信念がとても強かったんですね。

しかし、そんな父も亡くなる少し前にキリスト教を信じるということを自ら口にして、牧師に自宅に来ていただいて洗礼を受けました。夫婦揃って同じ信仰に生きることができるのは母にとって大変嬉しい出来事だったと思います。

2002年の日朝首脳会談まで拉致事件は「拉致疑惑」と呼ばれていました。西岡先生もご存じのように、私たちが街頭に立っても誰も耳を傾けてくれないし、振り向いてもくれない。むしろ奇異な目で見られていたんです。

テレビやラジオをつければ、有識者と言われる人間が我われとは全く真逆の主張を展開していました。ところが、北朝鮮が拉致を認めるや、それまでテレビを賑わせていた人たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。その時の無責任な発言は一体どうしてくれるのかといまでも強く思うことがあります。

しかし、そういう中でここまでやってくることができたのは西岡先生など「救う会」の方々、拉致議連の方々をはじめ私たちが見えないところでの実に多くの支援をいただいてきたからだと思います。その声に励まされながら、ぎりぎり戦い続けてこられたというのが実感なんです。


(本記事は月刊『致知』2023年1月号 特集「遂げずばやまじ」より一部抜粋・編集したものです)

◎横田さんと西岡さんの対談では、

・実名を公表した家族の決断
・『家族会』の戦いと支え続けた『救う会』
・向き合う相手は北朝鮮だけではなかった
・拉致事件は一家族の問題ではない
・思い鉄の球を押しながら坂道を上り続ける

など、これまでの苦闘の歩みと共に、拉致問題の本質、日本が進むべき道を語り合っていただいています。本記事の詳細・ご購読はこちら「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】

◇横田拓也(よこた・たくや)
昭和43年東京都生まれ。52年9歳の時に姉の横田めぐみさんが13歳で北朝鮮に拉致される。平成9年「家族会」(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)が結成。28年事務局長。令和3年12月に3代目代表に就任。

◇西岡力(にしおか・つとむ)
昭和31年東京都生まれ。国際基督教大学卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。平成2~14年月刊『現代コリア』編集長。29年3月まで東京基督教大学教授。現在は「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)会長。東京基督教大学教授を経て、モラロジー道徳教育財団教授、麗澤大学客員教授。平成26年正論大賞受賞。著書に『横田めぐみさんたちを取り戻すのは今しかない』(PHP研究所)『日韓「歴史認識問題」の40年』(草思社)など多数。

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