2022年04月06日
長崎で活動を続けているカトリックの神父・古巣馨さん。名もなき多くの人たちと出会い、その生き方を通じて、キリストの福音の真の意味に気づいてこられました。その中でも忘れ難いのが、60代のミネやんという男性との出会いだったといいます。
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ミネやんとの出会い
<古巣>
ミネやんとの出会いは島原の小さな教会に赴任した時でした。
その頃、私は郊外にある精神科の病院を訪ねるのが楽しみでした。職員や仲間から「ミネやん」と愛称で呼ばれる信者さんが待っていてくれたからです。
心が通い始めた頃、私はミネやんに尋ねました。
「きつい時、『聖書』のどの御言葉が支えになってきましたか?」
「神父さん、私は中学校しか出とりませんから、難しかことはよう分かりません。でも、せっかく洗礼を受けて神様の子供になりましたから、死んだ時、『あぁこの人は神様の子供だったんだ』って、言われてみたかとです」
そう言ってミネやんは、たまたま開いた『聖書』に「平和のために働く人は幸い、その人は、神の子と呼ばれる」という言葉を見つけ、これこれと意を決しました。
「だから私は平和のために働くとです」
私が揚げ足を取って「この病院で、どがんふうに平和のために働く?」と言うと、ミネやんも眉間にしわを寄せて答えました。
「そこですたい、問題は。どうしたら平和のためになりますかね」
そう言って、自嘲するかのようにクックと笑いました。ほどなくミネやんは肝臓癌を発症し、みるみる弱っていきました。
亡くなる一か月前のことです。その日は病院を訪問する日でしたが何となく気が重かった私は「急に都合がつかず、明日まいります」と嘘をついて行きませんでした。
翌日、気を取り直し、開口一番ミネやんに赦しを乞いました。
「ミネやん、昨日は私の都合ですみませんでした」
「いいえ、よかとです。神父さんの都合のつく時でよかとです。私には都合はありません。私は自分の都合を言えるような人間じゃなかとです。私は親の都合で親のいない子供として生まれました」
ミネやんはその時初めて自分の生い立ちを語ってくれました。
父親は不明、母も一歳の時に亡くなり、親戚の都合でたらい回しにされ、気づいたら孤児院にいたといいます。
中学を出た後は大阪で車の整備工の資格を取ろうとしましたが、病気の都合で帰郷。以来、三十年間以上、入院し闘病生活を続けていたのです。
ミネやんはうっすらと涙を浮かべながら言葉を続けました。
「何のために生まれたのか。
自分の生き甲斐は何か。
私も自分の都合を言っている時は辛かったです。
面会に来てくれた人に会えるかどうかも私の病状と院長先生のご都合です。
ここに入って三十三年、神様にもきっとご自分の深い都合があるとでしょう。
だけど、ある時から神様の都合に合わせて生きてみようと思い始めました。
そしたら楽になりました。
だから私には都合はなかとです。
神父さんの都合のつく時に来てください」
ミネやんの言葉に金槌で頭を小突かれた思いの私は、その日、しおれて帰途に就きました。
ミネやんが天に召された後、私は生前約束していた通りに亡骸を私の住む司祭館に連れて帰りました。
通夜が終わった夜遅く、病院で働く女性の清掃員さん二人が教会に来られました。そしてしみじみとおっしゃるのです。
「あぁ、ミネやんがおらんごとなって寂しゅうなりました。この人のおるところはいつも平和だったんですよ」
「平和」という思わぬひと言に驚いた私は「どうしてですか」と聞きました。
「この人は自分の都合を言わん人でしたから。患者同士が衝突すると、ミネやんをベッドごとその間に入れる。そうすると静かになるとです。あぁ、ミネやんはここの人だったんですか。神様の子供じゃったとですね。いま、やっと分かりました」
そう言うと二人は声を上げて泣きました。
(本記事は月刊『致知』2022年2月号 特集「百万の典経 日下の燈」より一部を抜粋・編集したものです)
◉『致知』2022年2月号には、カトリック長崎大司教区司祭・古巣馨氏のエッセイを掲載。名もなき多くの人たちの生き様に、人生を豊かに生きるヒントが満載です。ぜひご覧ください(電子版はこちら)!
◇古巣 馨(ふるす・かおる)
昭和29年長崎県生まれ。56年初来日したヨハネ・パウロ2世教皇により司祭叙階。現在、長崎大司教区法務代理、長崎純心大学教授、福岡カトリック神学院講師、列聖列福特別委員会委員、長崎刑務所教誨師などを務める。信徒発見などキリシタン史をテーマとして活動を続ける劇団「さばと座」を主宰。
◉本記事は『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社)に掲載されています。詳しくはこちら