一人ひとりが英雄だった——陸奥宗光と立見尚文が世界に示した明治の気概

近代化という難事業を僅か四十数年で成し遂げ、世界の文明国として躍り出た明治日本。その凄まじいまでのエネルギーと気概は一体どこから生まれてきたのでしょうか。拓殖大学学事顧問・渡辺利夫さん〈写真右〉と、都留文科大学名誉教授・新保祐司さん〈写真左〉に、それぞれが注目する気概に溢れた明治人について語り合っていただいた内容をお届けします。※記事の内容は掲載当時のものです

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日本が世界に伍していけた一つの理由

〈渡辺〉
前略)ここまで、いろんなアングルから明治について論じてきましたが、外交や安全保障に関する人物にはあまり触れてきませんでした。ですから、最後にぜひ明治外交を担った希代の外交官・陸奥宗光のことを話してみたい。

〈新保〉
陸奥の功績はもっと多くの人に知ってもらいたいですね。

〈渡辺〉
陸奥は外相として日清戦争の開戦から戦時、戦後外交までの全局に携わった人物ですが、日本が勝利して下関条約が結ばれるとほとんど同時に、ロシア・ドイツ・フランスによる「三国干渉」が始まり、最大の戦利品である遼東(リャオトン)半島を返還することを迫られます。その時、陸奥は末期の肺病のため温泉地で療養していたのですが、駆けつけた伊藤博文と議論の末、泣く泣く列強の要求を呑むんですね。

それで陸奥は、東学党の乱から日清戦争、下関条約、三国干渉に至る経緯を記した『蹇蹇録(けんけんろく)』を書き始めるわけです。その最後にあるのが、

「畢竟(ひっきょう)我にありてはその進むを得べき地に進みその止まらざるを得ざる所に止まりたるものなり。余は当時何人を以てこの局に当らしむるもまた決して他策なかりしを信ぜんと欲す」

という有名な一文です。私はこの一文に、陸奥がどれだけの決意で外交に臨んでいたかが凝縮されているように思うんですよ。

そして、外交というものは所詮国力の問題、軍事力の問題なんだというリアリズムをもって明治政府は「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」を掲げ、「三国干渉」の屈辱に耐えながら、次の戦いに備えるべく打って一丸、国力増強に取り組んでいったのです。

もし「三国干渉」での陸奥の判断とリアリズムがなければ、日露戦争に勝てたかどうか分かりませんし、日露戦争に負けていたらいまの日本は確実にありません。

〈新保〉
いま渡辺先生がおっしゃったように、日露戦争が明治のクライマックスであったことは間違いないですね。それで、私が日露戦争で活躍した人物からあえて一人を選ぶとすれば、それはやはり陸軍中将の立見尚文(たつみなおふみ)になります。

立見は熊本の第六師団と共に最強の師団とされていた弘前の第八師団の師団長です。もし立見師団2万が、夜間、雪の降りしきる満州を不眠で急行軍して救援に駆けつけなければ、「黒溝台の戦い」に日本軍は敗北し、日露戦争の勝敗もどうなったか分からなかったといわれています。

そして私が感動したのは、その急行軍の最中、2万のうちただの1人として落伍者が出なかったということです。これが明治人の気概なんですよ。

〈渡辺〉
しかも米は凍ってしまって食べられなかったらしいですね。

〈新保〉
それに長く馬に乗っていると足が凍って腐るので、当時61歳の立見も時々馬から降りて歩いたそうです。だから、司馬遼太郎が『坂の上の雲』で言っているように、日露戦争は一人の英雄がいたからではなく、数百万の日本人全員が英雄的精神で生きていたから勝つことができたのだと思うんです。

〈渡辺〉
ああ、日本人一人ひとりが英雄的精神で生きていた。

〈新保〉
もう一つ日露戦争で感動したのは、激戦の末、旅順の二〇三高地を日本軍が占領した時の会話です。児玉源太郎が電話に取りつき、「旅順(りょじゅん)港は、見おろせるか」と尋ねると、山頂の将校が「見えます。各艦一望のうちにおさめることができます」と答えた。これこそ、まさにどんな戯曲家にも書けない名台詞、演劇的言葉です。

明治時代に劇的な文学や演劇があまり生まれなかったのは、明治という時代そのものが劇的だったからですよ。そもそも演劇を書く必要がなかったのです。


(本記事は月刊『致知』2020年1月号 特集「自律自助」から一部抜粋・編集したものです)

◉『致知』2022年1月号に渡辺利夫さんが登場。ジャーナリストとしてアジアの人々の声に耳を傾けてきた井上和彦さんと共に、忘れ去られてしまった日本史の真実を交え、「日本の先人たちは、なぜ世界の人々から尊敬されたのか」を語り合っていただいています。

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◇渡辺利夫(わたなべ・としお)
昭和14年山梨県生まれ。慶應義塾大学卒業後、同大学院博士課程修了。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学長、第18代総長などを経て、現職。外務省国際協力有識者会議議長、アジア政経学会理事長なども歴任。JICA国際協力功労賞、外務大臣表彰、第27回正論大賞など受賞多数。著書に『神経症の時代 わが内なる森田正馬』(文春学藝ライブラリー)『士魂-福澤諭吉の真実』(海竜社)などがある。

◇新保祐司(しんぽ・ゆうじ)
昭和28年宮城県生まれ。東京大学文学部卒業。『内村鑑三』(文春学藝ライブラリー)で新世代の文芸批評家として注目される。文学だけでなく音楽など幅広い批評活動を展開。平成29年度第33回正論大賞を受賞。著書に『明治頌歌-言葉による交響曲』(展転社)『明治の光 内村鑑三』『「海道東征」とは何か』(共に藤原書店)など多数。

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