吉田松陰と福沢諭吉——二人の偉人をつくったターニングポイント【中村勝範×川口雅昭】

幕末の激動期を鮮烈に生き抜き、明治に活躍する幾多の英傑を育てた吉田松陰。この混迷を深める現代において、その生き方や教えはますます輝きを放ち、私たちに進むべき道を示してくれています。松陰の魂と思想を形づくったものは何か――共に歴史への深い造詣を持つ慶応義塾大学名誉教授の中村勝範さん(故人)と人間環境大学教授の川口雅昭さんに、明治を代表する偉人である福沢諭吉との関係にも触れながら語っていただきました。〔写真:吉田松陰|国立国会図書館「近代日本人の肖像」より〕

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他県の人に刺激を受けないと成長できない

〈中村〉
……前略) 松陰のそういう人生観、国家観はどこで培われたのでしょうね。川口先生、どうお考えになりますか。

〈川口〉
私は一番のターニングポイントは嘉永四(1851)年、22歳の時の水戸訪問だと思います。会沢正志斎(あいざわ・せいしさい)や豊田天功(とよだ・てんこう)らと出会い、水戸学の教えに触れて国家というものに真剣に意識を向けるようになられた。このことが先生の思想形成に大きな影響を与えたのは間違いありません。

これは私の経験からもいえるんですが、人間は他県の人と出会って刺激を受けないと成長できませんね。松陰先生も当時トップクラスの憂国の士だった会沢などに水戸で接した時、それまで観念でしか掴んでいなかった皇国という思想が突然、臨場感を持って伝わったと思うんです。

二つ目のターニングポイントはやはり米国艦隊の来航で受けられた衝撃。そして三点目が先ほど申し上げた林櫻園率いる肥後勤王党の思想的な影響だと私は思います。

もちろん、その人格形成の基底には両親や叔父である玉木文之進先生の教育があったことは確かでしょう。父百合之助先生は貧しいながらも心ある人物で、当時の国家社会のあり方を憤り、学問に励み、皇室を大変尊敬していました。

〈中村〉
私はその両親の影響がとても大きかったと思う。

私は自分の人生経験からか、人と少し違うところに気づくんですけどね。福澤諭吉が「天は人の上に人をつくらず」と言いましたでしょう。そうすると多くの学者が、福澤はアメリカやイギリスのこういう本を読んで影響を受けたなどと言うんですが、私は違うと思うんですよ。「天は人の上に人をつくらず」と福澤が言ったのは母親の影響だと思います。

〈川口〉
母親ですか。

〈中村〉
父親は4歳半の時に亡くなっているから、福澤は父がどういう人かは知らないんですよ。父の死後、一家は大坂を離れて母親の故郷の大分の中津に引っ越すのですが、方言で言葉が通じない。母親ときょうだい4人、近所との付き合いがなくて、幼少期の福澤の社会はこの家庭だけなんですね。

その中で母やきょうだいがしょっちゅう福澤に話して聞かせたのは亡き父親のことでした。お父さんはああだった、こうだったって。

そして、これを誰も指摘しないのが不思議なのですが、近所に女の乞食がいたんですよ。友だちは皆バカにして石を投げ付ける。その時、福澤の母親は「こっちに来なさい」と言って髪を洗ってやるんです。そして諭吉には「おまえは石の上でシラミを潰しなさい」と。

これを見ると、どこにも差別はないじゃないですか。この体験なくして、「天は人の上に人をつくらず」なんて分かるわけがない。

福沢諭吉

〈川口〉
そのとおりだと思います。

〈中村〉
それと同じで松陰の父親は侍であると同時に百姓なんです。明けても暮れても肥料をかけたり、屋根を直したり、堆肥をつくったり、百姓以外の仕事は何もやっていない。そういう父親を見ながら松陰は誇りを持っていきますね。俺は農業を大切にする家に育ったんだって。

また、母親の実家は豪農なんです。それが貧しい侍の家に嫁いで、泥まみれになって働いたわけでしょう。それだけを見ても松陰の両親には人間の差別意識などまったくなかった。弟子を分け隔てなく育てる松陰の人格は、ここで築かれたのだと思います。


(本記事は月刊『致知』2011年4月号 特集「先師先人に学ぶ」より一部抜粋・編集したものです)


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致知出版社編集部ブログ

◇中村勝範(なかむら・かつのり)
昭和4年長野県生まれ。28年慶應義塾大学卒業。42年同大学教授。平成8年平成国際大学学長に就任。16年学長退任、名誉学長に。著書に『明治社会主義研究』(世界書院)『正論自由』全15巻(慶應義塾大学出版会)など多数。昭和53年より「而今の会」を主催し、機関誌『而今』の発刊を続けている。令和2年逝去。

◇川口雅昭(かわぐち・まさあき)
昭和28年山口県生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程前期修了。山口県立高校教諭、山口県史編さん室専門研究員などを経て、平成12年より人間環境大学教授。編著に吉田松陰一日一言』『「孟子」一日一言。著書に吉田松陰名語録』『吉田松陰』『吉田松陰 四字熟語遺訓』『吉田松陰に学ぶ 男の磨き方』『吉田松陰修養訓(いずれも致知出版社)。

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