相田みつを 幻のインタビュー「戦死した2人の兄が教えてくれたこと」

1万本以上に及ぶ月刊『致知』の人物インタビューと、弊社書籍の中から、仕事力・人間力が身につく記事を精選した『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭・監修)。致知出版社が熱い想いを込めて贈る渾身の一書です。本書の中から書家・相田みつを氏ご本人による、貴重なお話をご紹介します。

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2人の兄が教えてくれたこと

〈相田〉
一人のあんちゃんが、幼い時に、私の手を引いて、よく原っぱへ紙芝居を見に連れて行ってくれたんです。

その紙芝居を見るのに、貧しくて当時、一銭のお金がないんですよ。後ろのほうで気兼ねな思いをしながら、見てたんですが、ある時、そのあんちゃんが、襟首をつかまれてね。「このガキは毎日毎日ふてえガキだ」と言われて、みんなの前でピーンとほっぺたを叩かれるんですね。

その時に泣き出せば、それで終わったんですね。あんちゃん、泣かなかった。なぜかというと、後ろにね、弟の私がいるから、くうっと渾身の力で私のほうを見ている。

泣かないものだから、おじさんが「何て強情なガキだ」というんで、反対のほっぺたを叩かれて、ほっぺたが両方、真っ赤になりました。その時の印象は、おじさんの手が大きくて野球のグローブのような印象がありましたね。私は背筋がゾクゾクして震え上がったのを、いまだに覚えています。

やがて、その紙芝居のおじさんから解放されて、あんちゃんは一滴も涙を流さないんですよ。で、棒切れを拾いましてね。いまから考えると、秋のことでした。まんじゅしゃげの花がいっぱいに咲いているのを、全部、折っちゃいました。何ともやりきれない思いで、私はあんちゃんの後ろをとぼとぼとついて行った経験がある。

このあんちゃんが、小学校を終えるとすぐ、私の家はおやじが日本刺繍をやっていたので、その跡取りになって、そのあんちゃんの働きによって、私が旧制の中学校にやってもらったんです。

で、私が旧制中学の四年生の時にそのあんちゃんは兵隊に行くわけですが、ある時、裸電球を真ん中に置いて、夜なべで刺繍してた。私はちゃぶ台の古いのを置いて勉強していたんですね。

その時に、あんちゃんが、

「みつをなあ、おまえも来年は最上級学生だな。最上級学生になると、下級生を殴る、という話を、俺は聞いたが、おまえだけは下級生を殴るような、そういう上級生にならないでくれ」
「無抵抗な者をいじめる人間なんていうのは人間として最低のクズだぞ」

ということを、針を運びながらね、懇々と言うんですよ。

「ああ、紙芝居のおじさんに叩かれたという心の傷が深ーいところにあって、それから出てくるんだろうな」と、私はピンピン分かったんですね。それで、その後に刺繍の手を止めて、私の足先を指差してね。

「おまえの足な、足袋に穴っぽがあいてるけれども、ボロな足袋をはいていることは、一向に恥ずかしいことはないぞ」と。「そのボロな足袋をはいていることによって、心が貧しくなることが恥ずかしいんだ、その足袋の穴から、いつでもお天道さまを見てろ」と。

これは、私のあんちゃん、偉かったなと思うんですね。で「いつでも心は貴族のような心を持っていてくれ」。三つ目に、「貧しても鈍するな」。この言葉の意味を当時、私は分かりませんでしたが、「どんなに貧しくても、卑しい根性を持つな」ということですね。

そして、もう一人のあんちゃんは、こういうことを言いました。「同じ男として生きる以上は、自分の心のどん底が納得する生き方をしろよ」と。


(本記事は『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』より一部を抜粋・編集したものです)

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◇相田みつを(あいだ・みつを)
大正13年 栃木県足利市に生まれる。昭和17年 旧制栃木県立足利中学校卒業。このころより本格的に書と短歌に打ち込む。昭和29年 足利市にて第1回個展。以後平成3年、東京での「いのちいっぱい展」まで、各地にて作品展を開催する。平成3年 12月17日、足利市にて逝去。享年67歳。平成6年 「生誕七十周年 相田みつを展」(毎日新聞社主催)が、東京、大阪、名古屋、広島、札幌その他で開かれる。

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