社長就任時は倒産寸前!? コロナ禍でも繁盛「ひまわり市場」の根を養った那波社長の思い

自然豊かな山梨県八ヶ岳の麓にあるスーパー「ひまわり市場」は、地元の人のみならず、県外からも大勢の人たちが詰めかけ、コロナ禍のいまも客足が絶えない人気店。しかし現社長の那波秀和さんが32歳で店長に任命された時、お店の売り上げは低迷を続け倒産寸前、社員の間には「赤字が当たり前」というような雰囲気が蔓延(まんえん)していたといいます。

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転職直後、まさかの店長に

――那波さんが現在の道に進まれたいきさつをお話しください。

〈那波〉
もともと生まれは大阪なのですが、父親の仕事で各地を転々としましてね。大学を卒業した時は神奈川に住んでいたんです。

それで卒業後はヤオハンというスーパーに就職し、鮮魚担当として河口湖の店舗で何年か働いていたのですが、ヤオハンが大手スーパーに売却されたこともあって、甲府の魚市場に勤めることになりました。しばらく山梨県内のスーパーに魚を卸して回っていたんですけど、その中でひまわり市場の先代社長と出逢ったんですね。

新店舗のオープニングセールでマグロの解体や食材販売などを手伝ったりするうちに「那波、うちに来ないか」と。最初は断ったのですが、卸の限界を感じていたこと、もともとお客さんと会話したり、物を売るのが好きだったこともあって転職を決めました。2001年、32歳の時です。

――入社後は、どのような仕事に携わっていかれましたか。

〈那波〉
入社してすぐ任されたのが店長なんです(笑)。魚の卸の仕事しか経験したことのない、32歳の若者がいきなり店長としてやってくるわけですから、昔からいる社員の方には、まぁ煙たがられました(笑)。

それに先代社長は業績が好調だった別の事業に力を入れていて、スーパーは赤字でもいいという雰囲気で、社員たちにもよい接客をしようという気持ちはこれっぽっちもない。なので、最初は誰も自分と口をきいてくれないところから始まったんですよ。

――いまでは考えられない状況ですね。それを店長としてどう変革していかれたのですか。

〈那波〉
やっぱり、「絶対見返してやるぞ」という思いで、経験したことのない仕事も独学で必死に習得し、「こうやったらもっとよくなるんじゃないか」と、率先して改善に取り組んでいきました。

ただ、店長として日々売り上げをきちんと上げなければなりませんから、頑張らない社員とどうしても揉めるわけです。

「こうしないと売り上げ上がらないよ」
「そんな面倒くさいことができるか」
「なんとかやってくれよ」
「だめだ、やらないよ」
「じゃあ、ここにはいられないよ」

の押し問答の繰り返しです(笑)。

その中で、社員が入れ替わっていき、だんだん店内の雰囲気もよくなっていったんです。

「700円のマヨネーズ? あんた、ばかじゃない」

――では、その後は順調に成長していったと。

〈那波〉
いや、その後も苦しい時期は続きました。当時は2店舗あったのですが、どちらも売り上げは厳しく、好調だった別の事業もうまくいかなくなり、このままでは倒産するという危機的状況に直面しました。それで2つの店舗を同時に閉店し、会社の資源を1か所に集約して生き残ろうということになって、2006年にこの場所で再スタートを切ったんです。

それでも、店舗が新しくなっただけで、売る商品は変わりませんし、やる気のある社員たちに残ってもらったとはいえ、具体的にどう売り上げを回復させていけばいいのか見えてこない。何とかしなければと、チラシを撒いて安売りするわけですが、逆に儲けが少なくなっていって、結局自分たちの首を絞めることになりました。

――悪循環ですね。何か危機を突破する転機があったのですか。

〈那波〉
倒産寸前ですから、どうすれば売り上げを上げることができるのか、一所懸命に考えに考え続けました。もう必死ですよ。その結果、大手スーパーが80円で売っている食材と競ってもしょうがない、多少値段が上がっても、うちはもうちょっと高品質のよいもの、他にはないこだわりの商品を提供しようって考えたんです。

――ああ、発想を転換された。

〈那波〉
ただ、値段を上げればお客さんが離れていく可能性がありますから、お客さんによい商品の価値をきちんと伝えて、買っていただくためにはどうすればよいのか、自分たちで勉強するために、高級食材を扱う成城石井のバイヤーのところに飛んで行ったんです。

そうしたら、仕入れから商品の陳列方法、さらに取引先まで快く紹介してくださいましてね。これまでは問屋さんに仕入れを丸投げしていたため、その問屋さんが懇意にしている食品メーカーの商品しか入ってきませんでした。

ところが、取引先を広げたことで、例えば醤油一つにしても、こんなにいろいろな商品があるんだと分かった。ここからなんです、とにかく新鮮で、高品質な商品に品揃えを少しずつ変え始めたのは。2011年に社長を引き継いだ、いまから10年ほど前のことです。

――品揃えを変えたことで、お客様の反応はどう変わりましたか。

〈那波〉
最初の2、3年は「なにこのお店、値段たっか~」という声が聞こえてきました(笑)。普通のスーパーならだいたい200円でマヨネーズが買えますが、うちには見たこともない食品メーカーのマヨネーズが700円で置いてあるわけです。「700円のマヨネーズ? あんた、ばかじゃない」って。

そう言われる度に、「このマヨネーズは、これこれの鶏が産んだこだわりの卵を使っていて……」みたいに説明していたのですが、途中からその手間を省くために、商品の簡単な説明と担当者の思いを書いた「ポップ」をつけるようになりました。それが意外に評判を呼びましてね。メディアも取り上げてくださり、ポップを見に来店する方も増えていったんです。

例えば、台湾が大好きな社員がいるのですが、その社員が仕入れてきたバナナには、「台湾バナナが好き過ぎて、台湾へ旅行に行ってしまった」みたいなポップをつける。要は商品の説明をするだけではなく、背景にある物語を伝えることを意識していったんです。

――確かに、背景にある物語を知れば購買意欲も高まりますね。

〈那波〉
でも、ポップはその商品の近くを通った人にしか見えませんから、もっと多くの人に情報を伝えようと取り組むようになったのが、冒頭に触れたマイクパフォーマンスです。鮮度、品質に徹底的にこだわった商品を仕入れ、ポップであれ店内放送であれ、生かせるものはすべて活用し、その魅力をお客さんに最大限に伝え、訴えていく。

この積み重ねが現在のひまわり市場の土台になったんです。

(本記事は月刊『致知』2020年11月号 特集「根を養う」から一部抜粋・編集したものです)

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◇那波秀和(なわ・ひでかず)
昭和44年大阪府生まれ。成蹊大学卒業後、大手スーパーのヤオハンジャパンに就職。平成13年ひまわり市場に入社。店長を経て、23年から現職。

 

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