〝奇跡の人〟ヘレン・ケラー ~その人生に愛と喜びをもたらしたもの~

6月26日は、ヘレン・ケラーの誕生日です。目も見えず、耳も聞こえず、話すこともできない三重苦――。この絶望的な状況から道を拓き、偉大な人生を創造したヘレンとその師サリバン、2人の知られざる苦闘を明かします。ヘレンに奇跡をもたらしたものとは、一体何だったのでしょうか。

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心の扉を開き、光をもたらしたサリバン先生の献身

「皆さんは濃い霧の海を航海したことがあるだろうか? まるで、立ちはだかる白い闇のような霧。その中を、大型船が、緊張と不安の中、水深をはかる『測鉛』を頼りに、手探りで岸に向かって進む。胸が高鳴り、何かが起こるのを待っている――。

教育が始まる前の私は、この船のようなものだったのだ。ただし、私には方位を知るコンパスも測鉛もない。港までどのくらい距離があるのか知るすべもなかった。『明かりを! 私に明かりを!』と魂が、ことばにならない叫びを上げていた。まさにその時、愛の光が私を照らしたのだった」(ヘレン・ケラー)

ヘレンのもとへ家庭教師として赴任した翌日、サリバンの荷物が届きました。サリバンはそこから人形を出してヘレンに与えました。しばらくヘレンにその人形で遊ばせた後、サリバンはヘレンの手を取り、掌に指でゆっくりとd‐o‐l‐l(人形)と綴りました。その指遊びが気に入ったヘレンは、何度もサリバンの真似をして、すぐにd‐o‐l‐lと上手に書けるようになりました。

さらにサリバンは、ヘレンがケーキを食べる時にはc‐a‐k‐e、カードを手にする時にはc‐a‐r‐dと、一日中あらゆる機会を捉えて彼女の掌に文字を綴りました。ヘレンはこの指遊びを通じて次々と言葉を覚えていったのです。

サリバンは、耳が聞こえる普通の子供と同じように絶えずヘレンに語り掛けました。そしてその語り掛けの手段となったのが指文字でした。

健康な子供は、周囲で家族が会話する様子を見て、耳にしたことを真似しながら言葉を覚えていきます。発育上不可欠なこうした刺激を受けられなかったヘレンのため、サリバンは指文字を使って刺激を与え続けたのでした。

ヘレンを変えたサリバン先生の一念

しかし、ヘレンの教育は、必ずしも順調に進んだわけではありませんでした。

エネルギーに満ち溢れていた彼女は、ものを書こうとすると紙やインクに手を突っ込んでくる。行儀よく食事をさせようとするとスプーンを投げ捨て、床に突っ伏してテーブルを蹴ったり叫んだりする。

一緒のベッドで寝かせようとして、2時間にもわたってつかみ合いが続いたこともあります。まるで暴君のようなヘレンの扱いにほとほと疲れ果て、自室で一人涙を流す日もありました。

ヘレンの両親は、ハンディを背負った彼女を思うあまり、なんでも彼女の思いどおりにさせていました。しかしサリバンは、それは決して彼女のためにならないこと、どんなことがあっても干渉せず、すべて自分に任せてほしいと両親に訴えます。同時に、家族と一緒ではこの教育はできないと考え、二人を離れに移してもらいました。

サリバンの一念は、ヘレンに大きな転機をもたらしました。

ヘレンは指遊びで次々と単語を覚えていきましたが、m‐u‐g(マグカップ)とw‐a‐t‐e‐r(水)の違いのところで壁に突き当たりました。何度教えてもヘレンは二つを混同し、終いには癇癪を起こし、大事な人形を床に投げつけて粉々にしてしまう始末でした。

サリバンは壊れた人形を片づけると、ヘレンと一緒に外へ出て、近くの井戸へ連れていきます。そしてヘレンの手を取って井戸水の噴出口からほとばしり出る冷たい水を浴びせながら、もう一方の掌にw‐a‐t‐e‐rと綴ったのでした。

その時の感動をヘレンは次のように述懐しています。

「感激に打ち震えながら、頭の中が徐々にはっきりしていく。ことばの神秘の扉が開かれたのである。この時はじめて、w‐a‐t‐e‐rが、私の手の上に流れ落ちる、このすてきな冷たいもののことだとわかったのだ。この『生きていることば』のおかげで、私の魂は目覚め、光と希望と喜びを手にし、とうとう牢獄から解放されたのだ!」

掌に言葉を綴る指遊びは、ヘレンの大切なコミュニケーション手段となり、生涯にわたって支えとなりました。その後「浮き出し文字」で印刷された単語カード、さらには「浮き出し文字」の本などを通じて学習は発展していきました。彼女の語彙は増え続け、ついには愛や神といった抽象的な言葉まで理解するに至ったのです。

「はじめ、私は小さな可能性のかたまりにすぎなかった。その可能性の扉を開け、育ててくれたのがサリバン先生である。先生がやって来てから、私の周囲のものすべてが、愛と喜びに息づき、ゆたかな意味をもつようになったのだ。

先生は、あらゆるものの中にある『美』を、ことあるごとに指摘してくれた。また、考え行動し、手本を示すことによって、私の人生が楽しく有意義なものになるよう、常に努力を続けられたのだ」

〈中略〉

人間の無限の可能性を切り拓いたヘレン・ケラー。「奇跡の人」という言葉は、まさにその偉業を讃えるに相応しい代名詞といえるでしょう。しかしその奇跡を生んだのは、暗闇の中から光を掴もうとする強い一念であったことを思わずにはおられません。

(本記事は『致知』2012年11月号 特集「一念、道を拓く」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇ヘレン・ケラー
1880年米国生まれ。熱病のため、1歳で聴覚と視覚を失ったが、7歳からアン・M・サリバンによって教育を受け、19歳でハーバード大学ラドクリフ・カレッジに合格。三重の障碍を抱えながら大学教育を修了した世界最初の人となった。全米及び海外各地で講演を行い、福祉活動に貢献。三度の来日を果たし、1948年には身体障害者福祉法制定の動きに影響を与えた。1968年死去。

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