娘は必ず取り戻す。そして日本を凛とした国へ——横田滋さん、早紀江さん夫妻が語った「母の愛情、父の信念」

昭和52年に娘のめぐみさんを北朝鮮に拉致され、以来43年にわたって拉致問題と闘ってこられた横田滋さんが6月5日、お亡くなりになりました。愛娘を取り戻すべく、妻の早紀江さんと二人三脚で幾多の障害を乗り越え最期まで歩み続けた滋さん。その姿は世論を動かし、国家をも動かしました。遺業を讃え、『致知』誌上で行われた往時のお話をご紹介します。お話のお相手は、当時東京都教育委員を務めた故・米長邦雄さんです。(本記事は2005年当時の内容を抜粋したものです)

母の愛情、父の信念

〈米長〉
それにしてもご夫妻は、めぐみさんが突然いなくなって20年、よくぞ失踪宣告をせずにじっと帰りを待ち続けられました。北朝鮮による拉致が明るみになっても、「でっち上げだ」と言われながら、雨の日も、雪の日も、炎天下の中でも街頭に立って、素通りしていく人たちを尻目に訴え続けてこられました。

そこで一つお聞きしたいのですが、この28年間、おそらくわれわれには計り知れないほどの苦しみや葛藤があったと思います。その中でご夫妻が心の支えにされてきたことは何だったのでしょう。

〈横田早紀江(以下、早紀江)〉
私は本当にどん底までいきましたからね。めぐみがいなくなったばかりの頃は、自分は何のために生まれてきたのだろう、いままで自分なりに一所懸命生きてきたのに、なぜこんな苦しい目に遭わなければならないのだろうと思い詰め、本当に死んだほうがましだと思っていました。

そういう時、たまたま近所のクリスチャンの方が訪ねていらして、聖書を置いていかれたんです。こんな苦しい時にこんな分厚い本はとても読めない、と思いましたが、泣いてばかりいるよりは読んでみようかなとパラパラとページをめくったんですね。それがきっかけとなって、以来イエスの救いにあずかって生きてきました。

〈米長〉
聖書のどのようなところが心に残ったのですか?

〈早紀江〉
聖書を置いていかれた方が「『ヨブ記』を読むといい」とおっしゃったので、そこを開いたんです。そこに記されていた、

「私は裸で母の胎から出てきた。また私は裸でかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる」(「ヨブ記」1―21)

という一節、特に「主は与え、主は取られる」という言葉に心を打たれました。

うまく言えませんけど、人知の及ばないところにある神の存在は、この世の悲しみとか苦しみとか、すべてを分かっていらっしゃる。私の悲しい人生も、めぐみの悲しい人生も、人間という小さな者には介入できない問題だと思えるようになると、神の摂理というか、不思議と平安が与えられました。

その後クリスチャンになって教会にも通い、いろいろな教えを知るうち、様々な現実にぶつかっても動揺したり激昂したりしなくなりました。すべては上の意志があると分かるようになって、生きてこられたと思います。

〈米長〉
お父さんもそういう支えがありましたか?

〈横田滋(以下、滋)〉
私はやっぱり、北朝鮮は死亡したと言っているけど、めぐみは絶対生きていると信じて捜そうという、その思いですね。

まだ北朝鮮が拉致を認める前、ある新聞社のインタビューで失踪宣告はしないのかと聞かれましたが、私はめぐみが死んだと確認されるまでは絶対にしないと答えました。私はめぐみは絶対に生きていると信じています。それが支えですかね。

〈早紀江〉
昔から主人は、「めぐみがどこかで一人苦しんでいるのなら、自分もひたすらめぐみを待つという苦しみに耐えなければならない。何にもすがることなく、めぐみの帰りを待ちたい」と言っているんです。

〈米長〉
お父さんは聖書をじっくり読むとか、そういうことは?

〈早紀江〉
全然。主人は神様は信じないんです。死後の世界なんてない、神様が人間をつくったんじゃなくて、人間が架空の神様をつくったんだって言って、そのへんは全然合いません(笑)。

〈米長〉
そうですか。お二人のお話を伺っていると、家庭において男が果たす役割、女が果たす役割というのが明確ですね。お母さんの深い愛情、そしてお父さんの、

「めぐみは絶対に生きているんだ。神様なんて頼ってどうする」

という強い信念。これがいま日本の家庭で求められていることなんじゃないでしょうか

右から横田 滋さん、早紀江さん、米長さん

娘は必ず取り戻す。そして日本を凛とした国へ

〈米長〉
北朝鮮による横田めぐみさんの拉致事件はあってはならない国家的犯罪ですが、しかしそれを通して私たちに様々なことを示してくれています。

戦後60年たって、総理大臣はどうあるべきか、外務省はどうあるべきか、そして母親は、父親はどうあるべきかを見つめ直す機会をいただきました。

一人の失踪事件を通して、ご家族やご本人の苦しみ、悲しみが、日本国全体を突き動かし、国民の世論を形成したという意味では非常に大きな事件だと思います。横田さん一家の悲しみは、いつか日本国民全体の悲しみとなって、国家を立て直す上で大きな力になると私は思います。

〈早紀江〉
いまなお工作員は日本で活動していますし、この拉致事件は皆さんにも起きたかもしれないこと、起こり得ることです。どうかこの問題を素通りせず、日本人共通の問題として考えていただきたいですね。

〈米長〉
初めは娘さんを取り戻したい一心で始められた活動だと思いますが、いつの間にかご夫妻は個人の枠を超えた世界へ行かれたんじゃないですか。言動を伺っても、国家という大きな立場へ立っていらっしゃると感じますね。

〈早紀江〉
もちろんめぐみを絶対に救い出すんだという気持ちはいつもあります。それが一番の原動力ですが、この活動の中で、政治、行政、あるいは国民の皆さんの感情というものに突き当たっていくうち、私は神からものすごいお仕事をいただいているのではないかと思うようになりました。

こういうことを「お仕事」というのは違うかもしれませんが、日本、北朝鮮の両国にとって大きな足跡を残したという意味で、拉致被害者たちは使命を果たしているのではないかと思います。

〈米長〉
しかし、実際に突き当たってみてどうですか、日本という国は?

〈早紀江〉
何か大事なものが抜け落ちてしまったような気がしますよね。同じ日本人がこんな大変な目に遭っているならなんとかしなければ、というのが本当の人間の姿だと思うんですけど……。

〈米長〉
結局、戦争に負けてからのこの60年間、日本は国家などということをまったく考えずに、経済活動に勤しんできたわけです。その象徴がいまの母親たちの姿だと私は思っています。魂や心が豊かであるよりも、物質的に豊かでありたい。

〈滋〉
昔に比べたら、親が子を虐待する、あるいは逆に子が親を殺すなんていう事件が多くなってきましたね。原因はよく分かりませんが、やはりいまおっしゃったように、母親が子どもを愛するということを世の中が評価しなくなった結果かもしれません。もちろん、それは父親にも言えることですが。

〈早紀江〉
私は小さい頃に疎開生活も経験しましたが、食べるものも食べられないし、着るものも粗末で、藁草履を履いて薪を背負わされたりして、苦しい日々でした。でもその苦しい中で見た野辺に咲く花の美しさ、木々の香りに感動し、そういう情景はいまも忘れません。

いまの子どもたちはそういう感動を味わえないじゃないですか。ボタンを押せば何でも出てくるし、お金を出せば何でも買えますし。

〈米長〉
横田さんのお母さんには娘のために一身を捧げる深い愛情と、何があっても娘を取り戻すという凛とした芯の強さを感じます。多くの苦しみや悲しみをくぐり抜けて強くなられたのでしょうが、日本中の母親が横田さんのような気概を持って子どもたちを育ててくれれば、たちどころに日本は凛とした国になると思います。

〈早紀江〉
私たちは絶対にめぐみは生きていると信じているし、もう一度「ただいま」の声を聞くまで闘い続けるつもりです。必ずめぐみを連れ戻して、日本がもう一度正義の通る、凛とした国に立ち戻ってほしいと思っています。

(本記事は『致知』2005年5月号 特集「母の力」から一部抜粋・編集したものです。)

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◇横田 滋(よこた・しげる)――北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表
昭和7年徳島県生まれ。26年日本銀行に入行。平成5年定年退職。この間、昭和52年新潟市内で当時13歳だった娘のめぐみさんが中学校からの下校途中に行方不明となる。平成9年、韓国に亡命した北朝鮮工作員の証言により、北朝鮮による拉致の疑いが指摘され、同年他の拉致被害者の家族たちと北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(通称・家族会)を結成。代表として妻の早紀江さんとともに疑惑の解明、解決を訴える。令和2年6月死去。

◇横田早紀江(よこた・さきえ)
昭和11年京都府生まれ。37年結婚。39年長女のめぐみさん、43年長男、二男(双生児)を出産。夫とともに拉致問題に取り組み、平成11年『めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる』を出版。

◇米長邦雄(よねなが・くにお)――永世棋聖/東京都教育委員
昭和18年山梨県生まれ。31年佐瀬勇次名誉九段に入門。59年には王位を除く4冠を達成(史上3人目)。60年永世棋聖に。平成5年50歳直前に最年長で名人に。15年史上4人目の1100勝を達成。日本財団評議員、東京都教育委員を務めるなど幅広く活躍。同年紫綬褒章を受章、現役を引退し、日本将棋連盟役員の立場から、将棋の普及・発展、後進の指導に力を注いでいる。著書に『人間における運の研究』『幸せになる教育』他多数。平成24年死去。

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