「多様性」に満ちた日本の自然を守るために 黒川紀章×C.W.ニコル

今年4月に遠逝されたC.W.ニコル氏は、作家であると同時に国際的な環境保護活動にも熱心に取り組んだ行動派ナチュラリストの顔も持っていました。6月5日は国際連合の定めた「世界環境デー」。本記事では、同じく世界的に活躍された建築家であり思想家の故・黒川紀章氏とニコル氏、日本の環境破壊を憂慮する同志であったお二人の対談を抜粋してお届けいたします。

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土地はお金ではなく信託財産

〈ニコル〉
日本に初めて来たのは1962年、22歳のときでした。そしてすごいカルチャーショックを受けました。

〈黒川〉
どうしてですか?

〈ニコル〉
日本は面積の67パーセントが森です。そして生物の多様性が素晴らしい。山奥に行くとクマやイノシシやニホンカモシカにオオサンショウウオと、僕にとっては素晴らしい世界がありました。その自然によってはぐくまれた文化もありました。それに日本には言論の自由、宗教の自由、旅の自由もあって、平和を守ることを皆が誓っていた。こんないい国はないと思いました。

ところが田中角栄総理の時代から、急に醜いものがいっぱい見えるようになったんです。森は破壊され、川はコンクリートに変えられ、日本人の性格まで変わってしまった。

そんなこともあって、僕は40歳ごろから、自分には2つの役割があると思うようになったんです。1つは語り部としての役割です。大好きな日本を自分が語らなければいけないと思いました。日本人はシャイだから、自分たちのいいところを言う人がいると、「お前、右翼じゃないか」ということになってしまう。でも、ヒーローとして、日本海軍の歴史、海の男の歴史〈鯨捕りの男たちの話〉、木こりの歴史などは語り継がねばならないと思いました。だから僕はそれを小説にしたんです。

逆に駄目だと思うものは、だれが何と言おうと、駄目だと言うようにしました。「列島改造」による自然破壊に対しては一貫して異議を唱えてきました。

しかし、言うだけでは駄目なので、自分で稼いだお金は荒れた森のために使いました。黒川先生の夢と比べたら僕のは雀のウンチくらいですが(笑)。

〈黒川〉
そんなことはありませんよ。実に立派なものです。

〈ニコル〉
僕は4万5千坪の土地を1坪ずつ買い足して、15年かけて1人の元木こりを雇って、調査をしたり、木を植えたり、池を掘ったり、木を間引いたりしてきました。森をつくりたかったんです。多様性豊かな森を。昔のような原生林には戻すことはできないと思うけれど、それに近いものにして残したいと思っているんです。

多くの日本人は土地はお金だと思っています。でも僕にとっての土地は大切な預かりもの、信託財産です。だから預かった土地は少しでもよくして未来へ返したい。そう思っているのです。

日本の山林は荒れている

〈黒川〉
僕は、日本が日本であるための条件は、水田の風景と山林だと思っています。面積からいってもニコルさんが言ったように、70パーセント近くが山林でしょう。それに水田の面積を足したら80パーセント以上になるでしょう、それが江戸時代以降少しずつ荒れてきたけれど、最近になって滅茶苦茶に荒れてしまいました。それは、日本は木造建築の国だから、産業としての林業は、建材として杉や檜を植えていったのですね。遠くから見れば杉も檜も緑だから山の風景に見えていたけれど、実は生態系を壊していたんです。

これは『共生の思想』の中でも相当厳しく指摘していたのだけれど、結局、山と川と海はつながっているから、山が駄目になれば海も駄目になってしまうわけです。

東京湾も含め、瀬戸内海や日本近海は素晴らしい漁場だったのに、全部駄目になったのは、極端な言い方をすれば山を駄目にしたから海が駄目になったんです。杉や檜にしたから駄目になったのです。杉檜だと雑木林の持っている保水力も低下します。水が一挙に流れ出すので山崩れが起きる。
ところが、それがいまやカナダから入ってくる杉檜のほうが品質がよくて安いんです。だから日本の杉檜は一部の特殊なものを除いてまったく太刀打ちできなくなってしまいました。私たちも木造建築の設計ではカナダの檜を使います。それで日本の林業は駄目になった。山を手入れする人がいなくなっているのです。そうするとあっという間に山は全滅してしまいます。もうその日が近づいているんです。航空写真や衛星写真を見ると日本の山が荒れているのが実によくわかります。

でも、ようやく最近になって山と川と海が生態系としてつながっているということを理解する人が増えてきました。どういうことかというと、いまは魚を捕っている人たちが森をつくろうとしているんですよ。北海道や宮城、熊本などの漁業組合の人たちです。

ニコルさんは森の全滅をなんとかして防ごうと、ご自分で土地を買ってまで必死になってやっていらっしゃるわけです。日本人が失った精神をニコルさんが取り戻そうとしている。本当は恥ずかしいことだけど、多くの人にニコルさんを見習ってほしいと思います。

〈ニコル〉
杉檜のことで1つ付け加えたいことがあります。それは杉檜の品質は絶対に混合林の中で育ったもののほうがいいということです。だからいい材をつくりたかったら、本当はその地域の落葉樹の木々と一緒に育てるべきなんです。富良野の東大演習林のような林分施業法で管理することが大事なんです。麦が大事だといって麦だけを作ると土が駄目になる。麦の質も駄目になるのと同じことです。

〈黒川〉
おっしゃる通りですね。カザフスタンも麦の大生産地だったのに、麦だけを作り続けてきたために土壌が駄目になってしまったんです。

〈ニコル〉
アメリカやカナダの麦の産地もそうです。

〈黒川〉
1つの種類が横暴にはびこると、その種はやがて衰える。それはギリシャやローマといった文明についても言えることです。自分たちが世界一偉いと考えて、ほかの文化との共生を拒むようになると駄目になるのです。生物でも同じで、杉檜と広葉落葉樹がグループをつくりながらも混じり合って共生していると、種の多様性が保持される。これは人間だってそうです。都市もそうです。いろいろな国で生まれたいろんな人たちが住む町は生き延びていくけれど、排他的な街は駄目になる。それが僕の「共生の思想」の原理でもあります。

杉檜は直接には山の問題ですが、もう1つ水田の問題もあります。僕は、米の自由化に対しては14年間、一貫して反対の立場を取ってきたんです。日本の米とカリフォルニア米を味と値段、つまり食糧ということだけで考えれば輸入すればいいということになるでしょう。値段は約5分の1ですし、日本の米の味とほとんど遜色はありませんから。ところが、日本の水田は山と深く関係しているわけです。山と一体となって生きている。さらに言えば、日本の文化と密接につながっているのです。民謡や伝統工芸、祭り、能といったような日本固有の文化です。

例えば、石川県の輪島は漆塗で有名ですが、職人さんの多くは農閑期の農家の人たちです。日本の水田風景を駄目にしたら日本は滅びてしまいますよ。だからなんとしても日本の水田と山を守りたいのです。

(本記事は『致知』』2001年3月号 連載「丹精を込める」より一部を抜粋・編集したものです。

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◇黒川紀章(くろかわ・きしょう)
昭和9年愛知県生まれ。32年京都大学工学部建築学科卒業。39年東京大学大学院博士課程修了。56年米国建築家協会名誉会員、61年英国王立建築家協会名誉会員となる。海外ではフランス芸術文化勲章、AIAロサンゼルス環太平洋建築賞、世界不動産協会1997年度世界最優建築賞等を受賞。国内では毎日芸術賞、日本建築学会賞、日本芸術学院賞、芸術文化勲章、正四位旭日重光章等。主著に『都市デザイン』『花数寄』『共生の思想』等。

◇C.W.ニコル(ニコル・シーダブリュ)
昭和15年英国サウスウェールズ生まれ。17歳で単身カナダに渡り、カナダ政府の職員として動物調査や環境問題に携わる。37年空手修行のため来日。エチオピア帝国政府野生動物保護省の猟区主任管理官に就任。シミエン山岳国立公園を創設し、公園長を務める。55年、長野県黒姫に居を定め、平成7年7月、日本国籍を取得。作家として活躍する一方、エッセイや公演などを通じて環境問題に積極的に発言し続けてきた。14年5月『財団法人C・Wニコルアファンの森財団』を設立し、理事長に就任。17年、英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る。令和2年4月逝去。主な著者に『風を見た少年』『勇魚』『盟約』『遭敵海域』など多数。

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