2023年07月18日
創業した松下電器産業を一代で世界的企業に育て上げた松下幸之助。その薫陶を受け、松下の経営哲学を広く世に伝える活動に邁進しているのが、松下電器産業本社企画室に勤務し、現在は「中塾」代表の中 博さんです。中さんが若き日を思い起こして熱く語る松下幸之助の教え、そしていまこそ取り戻すべき仕事観、勤労観とは。対談のお相手は、同じく松下幸之助の謦咳に接し、松下政経塾初代塾頭を務めた上甲 晃さんです。
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困っても困らない融通無碍の精神
〈中〉
私がいま若い経営者、後進によく伝えているのは、「困っても困らない」という松下幸之助の教えなんですね。台風がきて松下電器の工場が被害を受けた時、現地を訪れた松下幸之助は、何か指示をするわけでもなく、
「赤ん坊はこけたら自分で立つんやで。困っても困らへんで」
と言い残してその場を立ち去った。
要するに、起こった目の前のことにオロオロするんじゃなくて、融通無碍(ゆうずうむげ)、柔軟に対応していけば、どんな状況になっても困ることはないんだと。
〈上甲〉
ああ、融通無碍。
〈中〉
そして、その融通無碍の精神の根底には、松下幸之助の仕事や人生に対する前向きさ、何事も必ず乗り越えられるんだという「大楽観の思想」があったと思うんです。だから、松下幸之助にとっては、失敗すらもさらに発展していくための成功だったんですよ。
困っても困らない。あらゆる逆境を融通無碍に乗り越えていく松下幸之助の強靭さ。混迷の時代のいまだからこそ、私たちはその精神に学ぶべきだと思いますね。
日本が誇った勤労観、仕事観
〈上甲〉
いまの日本では、松下幸之助が説いた教えや考え方がどんどん失われていっているように思うんです。
例えば、今年の1月に中央教育審議会が出した答申を見てみると、学校の先生の仕事の負担を減らすために、掃除などの雑用は外注の業者やボランティア団体に任せればいいと書いてある。
これは松下幸之助の考え方、仕事観とは根本的に違うんです。
〈中〉
まさに正反対ですよね。
〈上甲〉
それで思い出したのが、松下幸之助が松下政経塾の塾生に言った言葉です。松下幸之助は松下政経塾に来るたびに、「君らが立派な指導者になる第一の勉強は掃除や。朝起きたらしっかり掃除しいや」といつも言っていたのですが、塾生は「掃除なんて雑用をしている暇はない」と反発していました。その時に、松下幸之助は塾生を次のように諭したんです。
「君ら、日本の掃除をする前に、身の回りの掃除をせえ。身の回りの掃除ができない人間に、どうして日本の掃除ができるんや」
いまの政治家や教育者には、どうしてそうした考え方、仕事観がないのだろうかと私は残念に思います。おそらく、あまりにも受験競争が激しくなりすぎて、偏差値と学歴に直接繋がること以外は雑用、邪魔とみなしてしまう価値観になってしまったのでしょう。
経営者意識、主人公意識をもって取り組めば、何事も自分を成長させる天職になるんです。掃除でもなんでも、十把一絡げに雑用だとみなしてしまう考え方が経営者や教育を司る人の中にあるというのはね、基本的に何かが間違っているんだと私は思いますよ。
〈中〉
私も上甲さんと同じような思いがあります。本社企画室に配属された時に、最初の挨拶に行くでしょう。そうしたら、上司や先輩が私たちの顔を見てね、
「君らは、ええ学校出て、ええ頭しとる。そやけどな、そういうやつほど、きちっと綺麗に掃除をして、仕事せえへんからな」
と言うわけです。
それで、企画室で働くようになってびっくりしたのは、朝出社したら皆の机の上に資料やファイル一つ置かれてないんです。企画室は日々膨大なデータを扱いますから、業務中は資料や原稿用紙だらけなんですが、皆、綺麗に机を掃除して帰っていたと。上場している大会社でそんな職場はいまでも見たことありません。
だから、松下電器の強さの源泉は、戦術・戦略ではなく、どんな些細なこと、雑用でも人として大事なことはしっかりやる、社員一人ひとりの人間力なんですね。
これからの日本企業はもう一度その原点に立ち戻って、人としての本筋をきちんと身につけた人材を育てていく必要があると思います。松下幸之助は、お金ありきの経営ではいかん、儲けは自分たちの人間力で社会や人々に貢献した結果ついてくるんだと言っています。でも、いまはそれが全く逆になってしまっていますよ。
(本記事は月刊『致知』2019年12月号 特集「精進する」の記事から一部抜粋・編集したものです)
◉月刊『致知』2022年1月号に上甲晃さんがご登場。京セラで長年稲盛和夫氏の秘書を務めた大田嘉仁さんとともに、昭和の経営の神様・松下幸之助と平成の経営の神様・稲盛和夫の人生哲学、経営哲学を紐解いていただきました。新旧2人の偉大な経営者の誠を尽くし切った人生から、多くの学びが得られる対談です。記事詳細はこちら
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昭和56年、産声を上げたばかりの松下政経塾に勤務していた私は雑誌の創刊を決めた。しかし、どうすれば雑誌を作れるのかわからない。
その時、門を叩いたのが当時の『致知』編集長・藤尾秀昭氏。『致知』の創刊から、それほどの時間は経っていなかった。以来、今日までお付き合いが続いているのは、『致知』が一貫して求めてきたものと、私の求めるものが根っこにおいて共通していたからだ。それは、〈志〉である。
◇上甲晃(じょうこう・あきら)
昭和16年大阪府生まれ。40年京都大学卒業と同時に、松下電器産業(現・パナソニック)入社。広報、電子レンジ販売などを担当し、56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年、青年塾を創設。著書に『志のみ持参』『志を教える』『志を継ぐ』など、近著に『松下幸之助に学んだ人生で大事なこと』(いずれも致知出版社)。
◇中博(なか・ひろし)
昭和20年大阪府生まれ。44年京都大学経済学部卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)入社。本社企画室、関西経済連合会へ主任研究員として出向。その後、ビジネス情報誌「THE 21」創刊編集長を経て独立。廣済堂出版代表取締役などを歴任。その間、経営者塾「中塾」設立。著書に『雨が降れば傘をさす』(アチーブメント出版)がある。
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