拍手なんかどうでもいいんだ——昭和の国民的俳優 森繁久彌の名言

昭和を代表する国民的俳優、森繁久彌氏。映画『三等重役』『社長シリーズ』やミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』、さらに自身で作詞・作曲した『知床旅情』などマルチに活躍されました。2009年11月10日に亡くなられて10年。親交のある難病と闘う画家の磯部則男氏との対談記事をお届けします。

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一番おもしろかったのは舞台

(磯部)
先生に一つ質問をしたいんですが、先生はいまはテレビ中心ですけど、以前はテレビと映画と舞台と、いろいろな分野で活躍されていましたけど、何に一番情熱を燃やされましたか。

(森繁)
それはね、みんな違いますからね。絵でいうならば水彩画もあるし、油絵もあるように、そういう世界を私は一所懸命に開拓したんだけれども。どうですかね……。何が一番と言われても、難しいね。

(磯部)
やはり舞台が一番おもしろかったんじゃないですか。

(森繁)
それは舞台の魅力は素晴らしいものがあります。磯部君たち絵描きと違うことはね、磯部君は描くと絵が残る。僕のやってきたことは残らない。瞬間になくなるんです。

人間には残したいという気持ちがあるものだと思いますが、僕らはないね。きょうの朝顔は明日は咲かないんです。きょう咲いたらおしまいなんだから。それでもきれいに咲くんだね。ああいうように生きたいと思っているんです。

(磯部)
でも先生の『屋根の上のヴァイオリン弾き』なんかは、900回も公演されて、すごい記録が残っているし、観た人の心の中に、絶対残っていると思います。

売名的な気持ちは一切なし

(森繁)
毎日お客様に会うと、よし、きょうも一所懸命やろうと思うんだけど、そこには売名的なものは一切ない。てめえを売り出すとか、自分を売りたいとか、そういうことは何もない。名前が売れたとしたら、それは勝手に人がそうしたんです。

則ちゃんだって、じゃがいもの芽を一つ描いてる、そのときが素晴らしいんです。その描いたものを持ってきてね、「あなたこんなに素晴らしいものを描いたから、あなたは素晴らしい」って言われても、もう困るわけです。

(磯部)
先生は、そういう信念で生きてこられたんですね。

(森繁)
そうですね。でもやっぱり崩れますね、私も。世間が崩すんですよ。だから世間と戦ってなきゃだめです。こういうことを言ったことがある。

「拍手は君を育てもするが、堕落もさせる」って。あんまり拍手されると、人はそれで育つこともあるかもしれんけど、だめにされることもある。愚かな人間にしてしまう。だから、そういうことは関係ないんだね。拍手なんかどうでもいいんだ。聞こえなくてもいい。

『葉っぱのフレディ』に救われる

(磯部)
先生の最近のお仕事で、『葉っぱのフレディ』の朗読をされましたね。私も聴かせていただいたんですけれど、何か人生の哀感みたいなものが伝わって、すごく感動しました。

(森繁)
ああ、私の、59歳で亡くなった長男がいるんですよ。それが死んだときに、ちょうどあの本を読んでくれって言われたんです。ばかにしてたわけじゃないけれども、そんなの読んでも別にどうっでことないって最初は思ったんです。

ところが、なんとなくふっと読んだんです。それであの『葉っぱのフレディ』にひかれて……。あれがなかったら、私はいまだめになってましたね。あの本が私をもう一度生き返らせてくれました。だから、何遍も人間は生き返ることはできますね。

(磯部)
しかし、先生の人生は波瀾万丈でしたね。

(森繁)
波瀾万丈だったですね。しかし人生はね、やはりいずれにしても波風があったほうがいいですね。平穏な海をですね、泳いでいるわけじゃないんだから。漕いでいかなきゃなんないんだね。波はかぶってくるわ、風は吹く。どこへ行くのかわからないように流されるのよ。

でもそれに逆らって生きていかなきゃならないから。それがやっぱり素晴らしいですね。そうしなかったら、人生なんて、まあ60年か70年か知りませんけれども、屁みたいに終わりますよ。

(本記事は月刊『致知』2001年7月号の特集「涙を流す」の記事から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇森繁久彌(もりしげ・ひさや)
大正2年大阪府生まれ。昭和10年に早稲田大学商学部に入学するも1年で退学。演劇の道に進む。14年NHKアナウンサー試験に合格。満州に赴き、新京中央放送局に勤務。21年帰国後、映画、ラジオ、テレビ等で活躍。42年54歳のときに舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』初演。死去後、国民栄誉賞を受章。

◇磯部則男(いそべ・のりお)
昭和20年三重県生まれ。生後まもなくかかった風邪がもとで進行性筋萎縮症となり小学校高学年で歩行困難に。20歳のときに色鉛筆による自動車画の個展を開く。21歳で油絵に転向。47年以降現在に至る。著書に『心で生きる、たまねぎ画家の半生記』『人は人によって輝く』がある。

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