JR東海・葛西名誉会長の知られざる入社の原点——新社会人に贈る

JR東海名誉会長の葛西敬之さんが国鉄(現・JR)への入社を決めたきっかけは実にユニークです。落とした学生証を受け取りに出向いた荻窪駅の助役から勧められたのです。とはいえ入社早々「辞めようか」と悩む日々。そのピンチをどうやって克服し、仕事に取り組んだのでしょうか……。葛西さんが若き日々を振り返ります。

偶然の出逢いで国鉄へ

人の一生にはいくつかの節目がある。最初の節目は大学に進む時。それまで無限にあった可能性が、ここで大きく絞り込まれる。そして2番目の節目、就職によって人生はさらに絞り込まれていく。

私が就職先として選んだのはJRの前身である国鉄だった。ただ、その選択には自分の人生を一本に絞るだけの明確な目的意識があったわけではない。そもそも私は、鉄道の仕事に取り立てて興味があったわけでもなかったのである。

学生の中には、例えば司法試験に合格するという明確な目標を持って勉強に励む人がいる。あるいは、勉学の傍らスポーツにも熱心に取り組む人もいる。しかし、私はそのどちらのタイプでもなく、気の合う仲間たちと観世流の謡曲に親しんだり、磯釣りを楽しんだり、自由に好きなことをして学生生活を謳歌していた。要は、広角レンズで物を見るように関心の幅が広かったのである。

就職先についても、国の利益に関わるような仕事に携わりたいと、漠然と考えていた。

そんな私が国鉄を受験したのは、偶然の為せる業と言うほかない。大学4年になり、会社説明会にもしばしば足を運ぶようになった頃、学生証を落としてしまい、受け取りに行った際、荻窪駅の助役から、「国鉄は出世が早くてとてもいい」と就職を勧められたのである。

それをきっかけに就職先としての国鉄に着目してみると、OBに当時総理大臣候補だった佐藤栄作さんや、防衛庁長官の伊能繁次郎さんなど、政治家として活躍している人、あるいは民間企業に転じて経済人として活躍している人がたくさんいた。後に様々な展開可能性があり、かつ国家公共の利益にも結びつく職業であることから、就職先候補として急浮上した。

ちょうど昭和37年から、その国鉄が成績優秀者に奨学金を支給するという。学生支援にかこつけた青田買いである。大学の就職担当の教授に

「青田買い奨学金に協力する気はないので、6人の推薦依頼には応募者のうち成績上位の者から順番に5人選ぶが、1人も入らないのはさすがに心苦しいので、君が国鉄に絶対行くというなら奨学生の名簿に入れておくがどうするか」

と聞かれ、咄嗟に

「入れておいてください」

と応じた。この時、私の就職が決まったのであった。

継続は道を開く

国鉄に入り、職業人として歩み始めて痛感したのは、生き方を切り替えることの重要性であった。学生時代はやるべきことがはっきりしていた。学業でよい成績を修め、品行方正であることに努め、周囲の期待に応えていく。どう行動すればどんな評価が得られるか、概ね予測のつく世界である。

ところが社会に出ると、明日のことすら予測がつかない。それまでのように、与えられた知識を吸収し、与えられた課題に取り組み、皆の期待に応えるだけの生き方では早晩立ち行かなくなり、自ら考え、自ら主導権を取って人生を切り開いていくことができなくなる。学生時代に優秀だった人が、社会に出て必ずしも成功するとは限らないのは、そうした生き方の切り替えがうまくできないからだ。

かくいう私も、社会に出てしばらくは環境の変化に馴染めず、一時は国鉄を辞めようかとまで思い詰めた。大学の恩師を訪ね、「決意が固まったらいつでも相談に乗ろう」と言ってはいただいたものの、大学へ戻ってぜひともこれをやりたいという明確な目的があったわけではなかった。

結局、いったんやり始めたことを途中で投げ出すことはよくないとの結論に達し、しばらく国鉄という組織の中に身を置いて、自分が本当にやりたいことを見極めてみることにした。

あの時、もし何をやりたいかが明確に決まっていたなら、国鉄を辞めていただろう。あいにくそうではなかったために、国鉄に残るという決断に至ったわけである。ネガティブな選択ではあったが、国鉄の職員としての道を全うしたからこそいまがある。

いまの若い人には、せっかくご縁をいただいた職場に早々に見切りをつけ、転職してしまうケースが目立つ。しかし、途中で諦めることなく継続するうちに、思いがけず道は大きく開けていくことを、私は体験を通じて実感している。

国鉄では当時、入社して丸4年は「見習い学士」と呼ばれ、先輩の仕事を手伝いながら業務を覚え、組織の人間関係の基本を学んだ。その後課長となり、地方に赴任して20~30人の部下を抱える身となる。私も本社の経理局や旅客営業局などを経験し、自分の成すべきことを見極めるべく腰を据えて業務に邁進した。

通常は、そこから幹部養成の道に入るが、私はそこで2年間のアメリカ留学を命じられた。26歳の時である。当時は、国鉄で英語ができても役に立たないし、留学しても損するだけだと敬遠される時代だった。ところが私の人生は、この留学によって大きく開けていったのである。

留学先のウィスコンシン大学経済学部で取得したのは経済学の修士号であり、その道の入り口にようやく立ったにすぎない。しかしそこで学んだことは、後に国鉄分割民営化に取り組んだ際、キーマンを説得し巻き込んでいく上での理論構築に大いに役立った。

また、一緒に留学した仲間との交遊は今日まで続く貴重なネットワークとなった。そして何よりの収穫だったのは、どこで何をやっても何とかなるという自信を身につけ、人間の幅が広がったことである。

2年間の留学生活を経て帰国してみると、国鉄は大赤字になっており、もう迷っている余裕などなかった。日々押し寄せてくる難問に精いっぱい対応するうちに時が経ち、今日に至ったというのが偽らざる心境である。

(中略)

直接役に立つ1対1の因果関係だけを目指す者は、大きな力を持つことはできない。一見無駄な時を使いながら深める人との交遊関係、何かの役に立つかどうかは分からないが、自らの興味で読書に費やした時間、このような一見無駄に見える時間こそが、最後に大きな力を持つことになるのだと思う。それは、必要な時に身につけるものではなく、20代から一生かけて積み上げていくものである。

(本記事は月刊『致知』2018年4月号「二十代をどう生きるか」から抜粋・編集したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら)

葛西敬之
かさい・よしゆき–昭和15年生まれ。38年東京大学法学部卒業後、国鉄入社。職員局次長などを歴任し、国鉄分割民営化を推進。62年JR東海取締役、平成7年社長就任。16年会長。26年より名誉会長。著書に『飛躍への挑戦』(ワック)など。

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