2021年11月06日
「仏の商人」と仰がれた夫の西端行雄さんと共に、ニチイ(現イオンリテール)を創業し、二人三脚で発展させた西端春枝さん(故人)。真宗大谷派の僧侶でもあった春枝さんは、学生時代、通っていた大谷学園の校長先生からある一つの言葉を繰り返し教えられ、生きる指針になったといいます。※対談のお相手は托鉢者の故・石川洋さんです
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火にも焼けない 水にも流れない宝物
〈西端〉
石川先生ご存じだと思いますけれども、私は大谷学園という仏教の学校を出ております。当時、左藤義詮(ぎせん)という校長先生がおられて、私が大谷にいる間、繰り返し繰り返しおっしゃっていたのが「みてござる」という言葉でした。その話のいわれを少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか。
〈石川〉
どうか、お話しください。
〈西端〉
左藤先生は立派なお寺の住職さんで、後に大阪の知事になられた方ですけれども、ある時大阪・船場の問屋さんにお説教に行かれるんですね。
その問屋の玄関に立った時、大きな扁額があり、平仮名で
「みてござる」
と書いてあったらしいのです。上へ上がられたら応接間にも「みてござる」、お手洗いにも「みてござる」、仏間にも「みてござる」の額が飾ってある。
それで左藤先生がご主人に「珍しいですね。扁額はよう読まない難しい字が書かれてあるものなのに」とお尋ねになったら、ご主人は次のような話を始められたのだそうです。
その方のお父さんは飛騨高山のご出身なのですが、小さい時に父親を亡くされて貧乏のどん底でね。お母さんが「どうしてもおまえを養えないから」とおっしゃって、13歳で大阪に奉公に行かれるのです。
いよいよ明日は見知らぬ大阪に出発という日の晩、二人ともなかなか眠れない。お母さんが「じゃあ、お話ししようか」と夜が白むまで子どもにお話をされました。
「貧乏でおまえに何もしてあげられなかった。何か餞別をしたいんだけど、それもできない。物を買うお金もないので、火にも焼けないし水にも流れない言葉をあなたに贈ります」
そう言ってお母さんが平仮名で書いて、少年に手渡されたのが「みてござる」という言葉だったんです。少年はその言葉を持って大阪に出るのですが、やはり辛い船場でのご奉公があって、ある時淀川の堤防を歩きながら
「辛いなあ、お母さん恋しいなぁ。この川にはまれば楽になれるのに」
と思っていたら、ふと「みてござる」という言葉が頭に浮かんで少年を引き戻すんですね。
それからも、先輩からいじめられたり、いろいろ辛い体験をされるのですが、そういう時のお守りが常に「みてござる」だったといいます。
〈石川〉
お母様の言葉を心の支えにされていたわけですね。
〈西端〉
この方はやがて船場で店を張るまでに成功し、75歳でお亡くなりになられます。臨終の場に息子たちや番頭さんを集めて
「いろいろお世話になりました。私はおかげさまで成功できたと思うけれども、それには、やはり目に見えない私を引っ張ってくれるものがあった。それが『みてござる』という言葉なんや。どうか子々孫々に伝えて長くわが家の家宝としてほしい」
と言われたというんです。
〈石川〉
ああ、それで「みてござる」という言葉が部屋に飾られていた。
〈西端〉
私は左藤先生に7年ほどお世話になりましたけれども、法話の時間に「みてござる」という言葉を、先ほどのお話以外にも聞かされたのでした。だからこそ皮膚の中から入ったのかなと思います。左藤先生にしてみたら「言わずにおれない」というお気持ちだったのでしょう。本当の教育者でした。
(本記事は月刊『致知』2006年12月号 特集「自らに勝つ者は強し」より一部を抜粋・編集したものです)
◇西端春枝(にしばた・はるえ)
大正11年大阪府生まれ。昭和16年に大谷女子専門学校卒業、小学校教員に。20年退職。同21年に西端行雄氏と結婚し、夫婦で行商を始める。25年に1坪半の店ハトヤを開業し38年に㈱ニチイ創立、49年同社株式上場を機に退職。同年から淨信寺副住職。日韓女性親善協会関西支部長、商業界全国女性同友会名誉会長などを歴任。ボランティアグループ「雑巾を縫う会」会長。著書に『縁により縁に生きる』。
◇石川 洋(いしかわ・よう)
昭和5年栃木県生まれ。17歳の時、一燈園の創始者・西田天香師に出会い、入園を許され無所得の奉仕者となる。平成10年、51年に及ぶ一燈園を離れ、市井の托鉢者として再出発。カンボジアでの難民救援活動など国内外で奉仕活動を続ける。全国各地に「石川洋人間塾」が結成され巡講している。著書に『13歳からの人間学』『無いから出来る』『捨てなければ得られない』『歩いたあとに一輪の花を』など多数。