無印良品のV字回復の軌跡——良品計画前会長・松井忠三に学ぶ経営力

この4月に〝世界旗艦店〟「無印良品 銀座」、ホテル「MUJI HOTEL GINZA」を開店するなど、好調な業績を続ける良品計画。しかし、かつては30億円を超える赤字に陥った過去がありました。再生不能と言われた良品計画をV字回復させた前会長の松井忠三さんに、経営改革の要諦をお話しいただきました。

※ご対談のお相手は、ルミネ社長の新井良亮さんです。

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無印良品が赤字になった理由

(新井) 

松井さんが良品計画の社長に就任された当時、会社はどんな状況だったのですか。 

(松井) 

業績悪化による前社長の引責辞任を受けて、私は2001年1月、社長に就任しました。その年の2月期の決算で、売上高こそ微増だったものの、初めて減益に転じ、株価は前年の6分の1まで落ちましてね。社長になって半年後に38億円の赤字を出さざるを得ないくらい、追い詰められていたんです。 

小売業界の分析で有名なアナリストからも「日本の専門店で一度凋落して復活した例はないですよ。まあ、頑張ってください」と皮肉を言われましたよ(笑)。 

ですから、就任直後は不採算店舗や海外店舗を閉めるなど、止血作業を行いつつ、なぜこんなことになってしまったのか、原因を追及していきました。 

(新井) 

何が原因だったのですか。 

(松井) 

そもそも良品計画は1989年の設立以来、他社のプライベートブランドが安価なものの品質が劣っているという理由であまり流行らなかった中、セゾングループの堤清二さんの卓越した感性と幅広い人脈のもと、シンプルで高機能、なおかつ安価な商品を生み出し、発展してきたんです。 

1991年に海外出店、1995年に株式店頭公開、2000年2月期に売上高1000億円を超え、8月には東証一部上場を果たしました。そこから衰退の一途を辿っていった原因には、慢心や驕り、責任転嫁、前例主義、大企業病による危機感の喪失など、いろいろありますが、その真因はセゾンの文化にあったんです。 

(新井) 

セゾンの文化ですか。 

(松井) 

ええ。いま申し上げたように、セゾングループは堤さんというカリスマ指導者の文化と感性の経営によって、大変なマーケティング力を発揮してきたのですが、それが強かった分だけ、科学的にオペレーションすることがなく、経験主義が蔓延っていました。 

堤さん亡き後、グループの業績は悪化し、リストラで人を削るしかなくなり、積み重ねてきた知識や経験がゼロになった。 

ここを根本的に変えていかない限り、無印の復活は無理だと思い、経験主義とは対極にある仕組みを徹底し、社風を変えようと乗り出していくわけですね。商品開発や人の育て方、オペレーションなどをすべて見える化し、競争力を上げていこうと。 

(新井) 

仕組みをつくり、社風を変えようとされたのですね。 

(松井) 

そうです。当時のセゾンの文化は、計画95%、実行5%でしたが、私は経営で一番大事なのは実行力だと思っていますので、計画5%、実行95%にしようと旗を振りました。

血の流れるような仕組みをつくる

(松井) 

まずはこれまで個人の経験や勘に頼っていた業務を仕組み化するため、店舗運営に関する「MUJIGRAM」と本部の業務に関する「業務基準書」という二つのマニュアルをつくり上げました。 

店頭ディスプレイや商品名のつけ方、スタッフの接客や身嗜み、レジ応対、掃除の仕方、出店候補地の選定など、1つひとつの項目に関して、その仕事の意味や目的を明記し、写真やイラスト、図をふんだんに使い、具体的な方法を記載しましてね。 

マニュアルを見れば、仕事で何か問題が発生した時に、たとえその場に上司がいなくても迷わずに判断し、解決できる。それによって実行力や生産性は高まっていきました。 

(新井) 

判断基準が明確になり、生産性が高まったと。

 (松井) 

また、クレームも半年で7500件ほどに達していました。40アイテムでスタートした商品数が6000アイテムに拡大し、商品開発も生産管理もすべて商社任せになっていたことが原因です。

そこで商品開発の仕組みもつくり直していきました。試行錯誤を重ねる中で、成功したことの一つが「FOUND MUJI」です。商社に頼るのではなく、自分たちで機能も質も高い商品を世界中から見つけてこようということで、シンガポールに現地法人を設立しました。

例えば、セーターなどの原材料となる羊毛はニュージーランドから仕入れているのですが、現場の社員が自らニュージーランドまで行って畜産農家を訪問し、そこで育成の仕方などを見て、良質な羊毛を選ぶようにしました。

また、「WORLD MUJI」といって、日本で生まれた無印良品がドイツやイタリアで生まれたらどうなるか、という発想のもと、海外のクリエイターたちと一緒に商品開発をしたことも大きかったですね。

あとは、お客様と一緒に商品開発をする。店舗や本社の窓口で直接いただいたお客様の声をソフトに入力し、毎週1回、関係者で吟味するんです。「体にフィットするソファ」はお客様の要望から生まれた商品の代表格ですが、いまでも年間10万個売れる大ヒット商品となっています。

そういった取り組みによって、二〇〇四年からぐんと売れるようになり、7500件あったクレームも80%以上なくなりました。右肩上がりに成長を遂げ、2007年には過去最高(当時)となる1620億円の売上高を記録することができたんです。

 (新井) 

素晴らしい功績です。

(松井) 

ただ、ここで一つ重要なのは、これらの仕組みやマニュアルというのは、一度つくったらそれが最終形ではないということです。 

(新井)

ああ、なるほど。 

(松井) 

一般的なマニュアルはつくったらそれでおしまい、いつの間にか埃をかぶって棚に入れてしまうと。でも、世間の流行やお客様のニーズは刻々と変わっていくわけですから、それに伴って、現場の仕事のやり方も変えていかなければなりません。 

ですから、「MUJIGRAM」は計13冊、2000ページありますけど、月1回の店長会議によって、変わった内容が伝えられていくんです。現場の知恵で仕事のやり方が変わり続ける。まさに血が流れるような仕組みを絶えずつくり上げることが大事だと思います。 

(本記事は月刊『致知』2017年2月号「熱と誠」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

 松井忠三(まつい・ただみつ)

昭和24年静岡県生まれ。48年東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。平成3年良品計画に出向し、翌年入社。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、13年社長に就任。僅か2年でV字回復を成し遂げ、19年には過去最高売上高(当時)を達成した。20年会長に就任。27年より㈱松井オフィス社長。著書に『無印良品は、仕組みが9割』(角川書店)など多数。

新井良亮(あらい・よしあき)

昭和21年栃木県生まれ。40年足尾高校卒業後、日本国有鉄道入社。東京・八王子機関区で運転士として勤務しながら、中央大学法学部(夜間)卒業。新宿駅、渋谷駅で勤務した後、人事関係業務に約20年携わる。62年国鉄分割民営化に伴い、JR東日本入社。東京地域本社事業部長、常務として、エキナカなどの生活サービス事業を担当。平成21年副社長に就任。23年ルミネ社長兼務となり、翌年より専任。

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