2021年10月06日
陸上男子400メートルハードルの日本記録保持者であり、オリンピックをはじめ数々の世界大会で活躍してきた為末大さん。現役時代は「走る哲学者」の異名を取り、引退後も多彩な活動を続ける為末さんに、スポーツが人間にもたらす可能性について語っていただきました。対談のお相手は、筑波大学名誉教授の村上和雄さん(故人)です。
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海外選手と日本人の違い
〈村上〉
為末さんは、オリンピックや世界選手権に何度も出場なさいましたが、海外の選手と日本の選手の違いはどのあたりに一番感じられましたか。
〈為末〉
僕はアメリカとオランダしか分からないんですけど、彼らは何のためにこれをやるのか、という意味から入る印象がすごくありました。日本の指導者には、いまは分からなくてもとりあえず言われたようにやれという言い方をする人が多かったですね。
象徴的な話が、アメリカに指導に行かれた日本の空手コーチが、「礼!」と言ったら、「なぜ礼をするんだ?」という質問が挙がって、答えないとやらないらしいんです(笑)。ですから、アメリカで指導者を務めるには相当説明能力が求められるようですね。
〈村上〉
アメリカではどんな練習が行われていましたか。
〈為末〉
練習そのものは日本とあまり変わらなくて、むしろ日本のほうが緻密にやっている気がしました。ただ、向こうの選手は体が大きいし、ポテンシャルが全然違いましてね。100メートル走のように純粋な力のぶつかり合いで対抗するのは無理だと思いました。
その点ハードルは、歩数の刻み方や風の影響など、運動能力以外のいろんな要素が絡んでくる複雑な競技なので、この世界だったらいけるんじゃないかと思って転向したんです。
〈村上〉
この前、リオオリンピックの400メートルリレーで日本が銀メダルを取ったのも、そういう要素があったのでしょうか。
〈為末〉
そうですね。自己ベストの合計タイムでは全然敵わないんですけど、リレーでは、高速で走りながらいかにドンピシャのタイミングでバトンパスできるかが重要で、それが日本はすごく上手だったと言われています。そういう、外国の選手が切って捨てるような細かい工夫の必要な競技ほど戦いやすいというのを、僕も現役の時に感じていたわけです。
物事を長く続けるには
〈村上〉
現役時代、特に困難だった時期はありますか。
〈為末〉
僕は世界一になりたいという思いで陸上を始めましたし、世界大会でメダルを取りたいという思いがモチベーションだったのですが、1つ目のメダルを案外早く取ってしまいましてね。まだ23歳の時だった上に、それが世界大会のスプリント種目で日本人初のメダルだったものですから、次に何を目指したらいいのか分からなくなって、3年くらいスランプに陥ってしまいました。
〈村上〉
その後メダルを2つも獲得なさって、長く現役を続けられたそうですが、どのようにして気持ちを切り替えたのですか。
〈為末〉
一番の源泉になったのが好奇心ですね。自分が本当はどこまでいけるのか、よく分からないまま終わるのが嫌で、それを知りたいという欲求。それがすごく大きかったですね。
僕の目から見ると、歩みが終わらない人の特徴というのは、目標を目の前にぶら下がっているニンジンみたいな感じで追いかけ続けていく。その原動力というのは好奇心なんじゃないかという気がしています。
ですから競技成績も重要なんですけど、それとともに分からなかったことが分かるようになる喜びというのも、競技生活を続けていく上ではとても大切だと思います。日々の小さな喜びというのは、その気になればいくらでも見出せるもので、僕にはそうした日々の小さな喜びと、試合における結果をモチベーションに競技を続けてきました。
〈村上〉
それは科学の世界にも通じるお話ですね。
アインシュタインは「あなたは天才ですね」と言われて、「いや、私は天才ではない。好奇心が強いだけだ」と答えていますけど、知らないことを知りたい欲求の大切さというのは、いろんな分野に当てはまるわけですね。
〈為末〉
おっしゃるとおりだと思います。選手の力が発揮されなくなる場合、そういう好奇心を失うケースが多いんじゃないかという気がします。
〈村上〉
僕がアメリカにいた時のボスは、毎晩訪ねて来ては「What’s New?」(何か新しい発見はあったか?)と聞いてくるんです。新しい発見がそんなにあるわけがないんですけど、もう挨拶代わりのように繰り返していて、そのくらい好奇心がなければ生きられない世界なんです。
〈為末〉
短期的に成果を上げるためには無我夢中で頑張ればいいと思うんですけど、人間ってそんなに持たないので、長期で頑張るポイントっていうのは、結局好奇心ではないかと思います。何かを知るために夢中になること、そういう根源的な欲求に訴えかけることが重要で、そのためには日々何か工夫をしながら生きていくということが重要なのではないかと思いますね。
〈村上〉
そうして長く陸上競技を続けてこられて、よかったと思うことは何ですか。
〈為末〉
まず、練習が辛いことばかりなので、痛みとか苦しみに強くなりましたね。もう一つは、最後は自分によって立つんだという覚悟を定められたことです。
陸上競技って、グラウンドに入る前に通信機器を全部取り上げられて、誰とも連絡の取れない状態になるんです。特に最後の5、6年はチームメートもいなくて、ずっと一人で練習していたものですから、自分とは何か、自分はなぜこう思うんだろうかといったことをずっと考えていました。あれほど自分と徹底的に向き合う競技って他にないと思うので、そういう点では陸上競技をやってよかったと思っています。
(本記事は『致知』2017年6月号 特集「寧静致遠」より一部を抜粋・編集したものです)
◎『致知』2021年11月号連載「二十代をどう生きるか」に、為末大さんがご登場。これまで歩みを振り返りながら、若き日に成果を出すために取り組んだことや逆境の時の心の持ち方などを語っていただいています。ぜひご覧ください!!◎
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◇為末 大(ためすえ・だい)
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昭和53年広島県生まれ。中学、高校時代より陸上競技で活躍し、平成13年エドモントン世界選手権及び17年ヘルシンキ世界選手権の男子400メートルハードルで銅メダルを獲得。シドニー、アテネ、北京とオリンピック3大会に出場。男子400メートルハードル日本記録保持者。24年に引退後は、会社経営などを通じてスポーツと社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。著書に『諦める力』(プレジデント社)など。
◇村上和雄(むらかみ・かずお)
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昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。平成11年より現職。23年瑞宝中綬章受章。著書に『スイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』、共著に『遺伝子と宇宙子』(いずれも致知出版社)などがある。