日本人は『孫子』より『闘戦経』に学べ! 日本最古の兵書が教える〝勝ち戦〟の原則

いまから900年以上前、平安末期に書かれた日本最古の兵書『闘戦経(とうせんきょう)』。当時から『孫子(そんし)』が広く知られていた日本で、「日本には日本の闘い方がある」という思想のもと、大江匡房(おおえのまさふさ)によって書かれたものです。明治大学教授・齋藤孝さんは、その教えを現代社会に置き換え、日本人がいかに「闘う」べきかをテーマに綴っています。

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心に「武」を秘めているか

【原文】
我が武なるものは天地の初めに在り、しかして一気に天地を両(わか)つ。雛(ひな)の卵を割るがごとし。故に我が道は万物の根元、百家の権與(けんよ)なり。

 【現代語訳】
私たち日本人の「武」というものは天地の初めからあるものである。その「武」の力によって天と地が分かれたのだ。それはまるで雛が卵の殻を割るように自然なことであった。私たち日本人の「武」の道はすべての根元であり、いろいろな考え方の大本になるものである。

 【解説】
「武」という言葉は「矛(ほこ)」を「止める」という字からなっています。つまり「矛を収める」という意味も含んでいるのです。武によってすべてをやっつけてしまっては何もなくなってしまいます。武の力で混沌としたものに秩序を与えていくことが大事なことなのです。

『古事記』の冒頭の部分の「天地初発之時(あめつちはじめておこりしとき)」でも、世界の最初は混沌としているが、やがて天と地が分かれて秩序が生まれてくると書かれています。

『古事記』に限らず多くの神話に共通するのですが、最初はカオス、混沌としている。そこに何かの力が加わって秩序が生まれる。秩序がないと文明が生まれても、発達しません。その秩序を生み出すのが「武」の力です。

ですから「武」は破壊するだけでなく、それによって何かを生み出す、平和も保つ、ということです。例えば、新しい担任として小学校の教室に行く。そこはだいたいカオスです。教室に初めから秩序があるわけではありません。そこで先生は初日に、威厳のある話し方で

「このクラスのルールはこれこれです。ルールを守ることで自由もあります。皆さんもきちんと守るようにしてください」

といったことをきちんと話す。これによって子どもたちが落ち着き、教室にも秩序が生まれるのです。これは仕事でもまったく同じだと思います。新しい課長が来た、優しいけれどどこか優柔不断ではっきりしない。すると部下がなめてしまって、雰囲気がだれてくる。

ところが、新しい上司がどこか「武」の気持ちを持っていると感じさせたらどうでしょう。ここでいう「武」とは腕力ではありません。当たりは柔らかくても、どこか強いものを持っている、根本的な部分では厳格で、いざという時はきちんと対応してくれる。そんな「武」を秘めている上司であれば部下からリスペクトされるでしょうし、部署の雰囲気も変わってくるでしょう。

今のリーダーシップ論はチームワークが大事で、昔のようなカリスマ的なリーダーではなく、チームをまとめていく人が必要だと言われます。これは確かに時代の流れかもしれませんが、やはりどこかに戦う気持ちがなければいけません。戦う気持ちがなければ、チームはどこに進めばいいのかわからなくなる。あるいは士気や秩序を保つことができない。力も分散してしまいます。

日本は平和な国ではありますが、『古事記』に書かれているように、最初は「武」の力で秩序がもたらされたという、古代の神話を踏まえての「武」の捉え方がまず書かれているのです。

正々堂々と戦っているか

【原文】
漢の文は詭譎(きけつ)有り。倭(わ)の教は真鋭(しんえい)を説く。詭(き)ならんか詭や。鋭なるかな鋭や。狐を以て狗を捕へんか、狗を以て狐を捕へんか。

【現代語訳】
中国の古い文献では相手を騙(だま)すことも一つの作戦としていいことだと言う。しかし日本では真実をよしとする。偽りは所詮偽りにすぎない。鋭く真実であれば、やがてそれははっきりとした結果を生む。狐で犬を捕らえるのか。そのようなことはできないだろう。やはり犬で狐を捕らえるのが基本である。

【解説】
『闘戦経』の主張はただ勝てばいいということではなく、どのように勝つか、さらにいえばどのように生きるか、ということにまで及んでいます。

とにかく勝てばいいのだろうということであれば、場合によっては人を騙す方が勝ちやすいかもしれません。完全に騙してしまうと、現代では法律で取り締まられますが、法律ぎりぎりのところで騙す、あるいはちょっとずるいことをして、社会的に上位にいったりお金をたくさん儲けたりしている人もたくさんいます。

しかし、たいていの場合、そういう人の本性は周りの人に露呈していて、「大きな声では言えないけど、あの人って……」という話になることもよくあることです。

人生における勝ち負けとはそもそも何か。「相手を制圧する」「権力的に上にいく」「お金を人よりたくさん持つ」。それが則ち勝ちだという論理のみでいけば、人を騙してもいいかもしれません。

しかし、勝ち負けの基準がそもそもそういうところにはなく、「誠実さを貫く」「人から信頼される」「気持ちよく戦う」といったところに人生の価値があるとなれば、相手や仲間を騙すこと自体がすでに負けになっているのです。

『闘戦経』では日本人の価値観を的確に捉えていて「どんな手を使っても勝つことをよしとするのではなく、正々堂々と戦うことがまず大切だ。何か汚い手を使って勝つよりも、負ける方がまだいい」といった潔さを求めるのです。千年近くも前に書かれた本に、現代にまで続く日本人の価値観が記されていることに驚きます。

例えばサッカーの国際試合などでは審判の見ていないところでズルをする外国の選手をよく見ます。わざと倒れて相手に反則の判定をとらせるなどということもよくあります。日本はそうしたずる賢さがないから勝てないんだと言われたこともありました。

しかし、日本人にはそうしたことができないのです。そして今は、日本チームはそれでいい、フェアプレーを貫いて正々堂々と闘おうではないかという、それが日本のスタイルになっています。高校野球もまさに正々堂々、そこに日本的教育があります。

さらにそれは経済活動でも言えることで、その場しのぎの嘘は言わない、ズルをしないという戦いをしているビジネスマン、企業はたくさんあります。たとえばトヨタなどは世界で堂々たるビジネスをしてきた範例と言えるのではないでしょうか。いかなる時も真鋭なる車づくりをしてきたからこそ、世界最強の企業になっているのだと思います。


(本記事は致知出版社刊『日本人の闘い方』〈齋藤孝・著〉より一部を抜粋・編集したものです)

【著者紹介】
◇齋藤 孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『親子で読もう「実語教」』『子どもと声に出して読みたい「童子教」』(いずれも致知出版社)など多数。

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日本最古の兵書『闘戦経』に学ぶ勝ち戦の原理原則

 『日本人の闘い方』

齋藤孝  定価=本体1,540円 (10%税込)

 【目次】
はじめに――現代ビジネスパーソンに贈る日本最古の兵書
第一章 心に「武」を秘めているか
第二章 常に戦う気持ちを持っているか
第三章 知識や技術が骨身にまで達しているか
第四章 自分の得意技に徹しているか
第五章 剛毅なる心を持っているか
第六章 若い頃から骨を鍛えてきたか
第七章 「断」の訓練はできているか
第八章 正々堂々と戦っているか
第九章 今、あなたは戦っているか
第十章 本気で取り組んでいるか
第十一章 ほどほどをわきまえているか
第十二章 現実に行動しているか
第十三章 覚悟を決めて戦っているか
第十四章 気力は充実しているか
第十五章 自分の特性をわきまえているか
第十六章 師と仰ぐ人はいるか
第十七章 大局的判断をしているか
第十八章 士気を高く保っているか
第十九章 志士の魂を持っているか
第二十章 臍の下に覚悟と気はあるか
第二十一章 蝮の毒を持っているか
第二十二章 本当にそれが必要か
第二十三章 基本を身につけているか
第二十四章 決断力は鈍っていないか
第二十五章 威厳を持っているか
第二十六章 チームの心は一つにまとまっているか
第二十七章 利害を離れて、断固たる決断をくだせるか
第二十八章 燃える火を心の中に持っているか

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