2022年03月18日
「たぶん一生寝たきりか、車椅子の生活になるでしょう」
首の骨を折る大けがにより、充実した中学教員生活から一転、人生の奈落に叩き落とされた腰塚勇人さん。一時は自殺まで考えたという苦悩の底から氏はいかにして立ち直り、見事に社会復帰を果たしたのでしょうか。
どうしても言えなかったひと言
〈腰塚〉実は怪我をするまで、僕は競争が大好きな人間でした。「常勝」が信条で、人に負けない生き方をずっと貫いていたんです。だから「助けて」なんて言葉は口が裂けても言えない性分でした。
それが怪我ですべて人の手を借りなければならなくなりました。僕が一番したくない生き方でした。苦しいし、泣きわめきたいし、「助けてっ!」って言葉が口元まで出かかってくるけど、プライドが邪魔してそれを言わせない。 ここで弱音を吐いたら、家族に余計に心配をかけてしまうと思うと、なおさら言えませんでした。
皆に迷惑をかけた分、なんとかしたいって気持ちでいたんですが、そのプレッシャーや苦しさに押し潰されそうになってしまって……
僕はとうとう舌を噛んだんです。だけど結局、死に切れなかった。
あとには生きるという選択肢しかなくなりました。じゃあ明日から前向きに生きられるかといったら、それは無理です。自分を押し包む苦しさがなくなったわけではありませんからね。
そんなある晩、苦しくて寝つけないでいると、看護師さんが声をかけてくれました。「腰塚さん、寝ないと体がもちませんよ。睡眠剤が必要だったら言ってね」って。その言葉に僕の心が反応しちゃったんです。おまえに俺の気持ちが分かってたまるかって、無意識に彼女をグッと睨みつけていました。その看護師さんは素敵な方でね、僕の様子にハッと気づいてすぐに言ってくれたんです。
「腰塚さんごめんね。私、腰塚さんの気持ちを何も考えずに、ただ自分の思ったことを言ってたよね。でも腰塚さんには本当に少しでもよくなってもらいたいと思っているから……、なんでもいいから言ってほしいです。お願いだから何かさせてください」
看護師さん、泣きながらそう言ってくれたんです。彼女が去った後、涙がブワッと溢れてきました。あぁ、この人俺の気持ちを分かろうとしてくれてる。この人にだったら俺、「助けて」って言えるかもしれないって思えたんです。
事実は変わらない。でも捉え方は変えられる
それまで僕は周りからずっと「頑張れ」って励まされていました。僕のことを思って言ってくれているのが分かるから決して言えなかったけど、心の中は張り裂けそうでした。
俺、もう十分頑張っているんだよ……、これ以上頑張れないんだよって……。 だから救われたんです。あの時以来、凄く思うんです。人の放つ一言が、人生をどうにでも変えてしまうんだなって。だから自分は言葉を丁寧に使おう。言葉をちゃんと選んで、丁寧に使おうって。
泣くだけ泣いた次の朝、目が覚めるとベッドサイドに飾られていたお見舞いの花がふっと目に入りました。その時思ったんです。「せめて花みたいに生きることはできないかな」って。
手足は動かないけど、顔は動きます。だったらできるだけ笑顔でいよう。口も動くんだから、できる限り「ありがとう」って言おう。心も使えるんだから、周りの人がきょう一日元気に、笑顔で過ごせますようにと願おうって。
そう決意したら、いろんなものがどんどん変わっていったんです。ドクターとも、看護師さんとも、リハビリの先生とも、凄く仲良くなって、毎日が楽しくって。首の神経が全て切れていなかったのも幸いして、3週間後には奇跡的に車椅子に移ることができたんです。
事故に遭ったという事実は変わりません。でも起こったことの見方、捉え方は変えることができるんです。そして生き方を「常勝」から「常笑」に切り替えて、いつも笑顔でいよう、いつも感謝をしよう、周りの人々の幸せを願おうと決意したら、毎日の小さな幸せに気づけるようになったんです。自分がいかに周りの人たちから助けていただいているかが実感できるようになったんです。
学校は僕の夢の場所でしたからねぇ。戻れた時は、あぁやっと戻ってこられた、やっと彼らに会えたって。生徒の名を1人ひとり呼んでいたら、涙が出てきて……。
それからは、思いどおりに動かない体を抱えて毎日が闘いでした。1日が終わると倒れ込むように帰宅していましたね。ですから3月に無事卒業式を迎えて、生徒たちの名前を呼ぶことができた時には、心底ホッとしました。感謝の気持ちでいっぱいでした。
復帰に導いてくださった先生方や生徒たちがいなかったら、いまの僕はありません。もう何年も経つけど、一生忘れられない卒業式でした。
(本記事は月刊『致知』2013年3月号 特集「生き方」より一部抜粋・編集したものです)
〈掲載情報〉『致知』2023年4月号にて、10年ぶりに腰塚さんが登場されました!
~特集「人生の四季をどう生きるか」~
「人生の四季」には、春夏秋冬の時が移り変わる四季、そして喜怒哀楽を経験する中で深まりゆく心の四季がある――。
愛する娘の死、首の骨を折る大怪我……様々な人生の四季、悲嘆の時を乗り越え、講演活動を通じて命の大切さ、尊さを多くの人々、子供たちに語り続けているのが鈴木中人(なかと)さんと腰塚勇人さんです。
命の大切さを伝えるという使命に生きるお二人に、一度きりの人生を悔いなく生きる要諦、心の持ち方を語り合っていただきました。
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昭和40年神奈川県生まれ。大学卒業後、中学校の体育教師となる。スキーの転倒事故で首から下が全く動かなくなる重傷を負うが、生き方の変革により奇跡的な社会復帰を果たす。その後教職を辞し、現在は自らの体験をもとに「命の授業」を展開。著書に『命の授業』(ダイヤモンド社)『感謝の授業』(PHP研究所)などがある。