マツダを倒産の危機から救ったリーダーの信念

リーダーシップ

(写真提供=マツダ) ※金井氏が開発主査を務めたアテンザ

日本の自動車メーカーの雄・マツダ。魅力的な名社を輩出しつつも、一時期は深刻な経営危機に直面したことがありました。開発のリーダーとして、マツダ車をゼロからつくり直す一大プロジェクトを主導した同社会長の金井誠太さんに、変革を成し遂げる心構えと、リーダーとしての信念をお聴かせいただきました。

10年後のマツダを思い描く

(大変革を成し遂げる上で大事にされてきたことはありますか)

私どもは5つの考え方に基づいて変革に取り組みました。

まず最も重要かつ有効だったのが「バックキャスティング」、10年後のマツダを思い描くことでした。10年後となると、みんな結構無責任にものが言えるので、思い切って夢を語れます。語っているうちに、きっとそうなりたいという思いが強くなる。そこから逆算して、いまやるべきことを一つひとつ取り組んでいったわけです。

それから「ブレークスルー」です。この戦略で掲げた品質と効率のように、ものづくりではしばしば相反する要素が求められます。私どもはそこで中途半端に妥協点を探るのではなく、品質と効率の両方を高める方法を考える。それが画期的なイノベーションを生み出すと考えました。

3つ目は「芋虫変革」です。芋虫はあまり動かないようで、ちょっと目を離すと既に別の場所に移っていますね。同様に我われも、改善を弛まずコツコツと続けること、一つ改善して終わりではなく、当たり前の改善を続けることが、大きな変革に繋がると考えました。

4つ目が「PDマネジメント」です。ビジネスをPDCA(計画↓実行↓評価↓改善)で管理する有名な方法がありますが、職場によくあるCA重視のマネジメントでは、上司が計画提示なしで部下に丸投げしたり、途中で放置したりしてしまいがちです。

これに対して私どもはPDを重視しました。問題は後になるほど解決が困難になるので、最初に部下と密にコミュニケーションを取って計画し、実行する。問題を予知し、未然に防ぐことのほうに英知を結集すべきだと考えたのです。

最後は「ノウホワイ」です。かつて私どもは業務効率化のためノウハウの伝承に力を入れていましたが、これでは応用力が身につかず、マニュアルにない局面を打開できません。大事なことはホワイ(根拠)であり、なぜそうするかを教えることで真の技術者を育てようと考えを改めたのです。

「マツダモノ造り革新」を成し遂げるために

ただ、そうは言っても簡単な道のりではありませんでした。平成20年にはリーマン・ショックの波をもろにかぶりました。結果的にフォードが株の大半を手放して、マツダは再び自立を果たすことができたのですが、さらに円高にも見舞われました。あの時は、それまで1台売って100万円お金が入っていたのが、60万円に減る、ものによっては赤字になるというような厳しい状況でした。

そういう時期に、こんなにお金を掛けて改革を続けるべきなのか、といった議論も持ち上がりました。何しろ1000億円近くかけたプロジェクトでしたからね。

(それでも改革は継続されたのですね)

私自身には、全く迷いはありませんでした。これ以外に選択肢はないという信念がありましたから。私なりに思うのは、最大の障害は実は人の心に中に潜む不安だと思うんです。

例えば議論の最中、他社はハイブリッドをやっている、電気自動車をやっている、あるいは新興国向けの低価格車をやっている。マツダはどれもやろうとしないが大丈夫かという声が上がりました。

その一方で、我われはガソリンエンジンもやる、ディーゼルエンジンもやる、マニュアル車もオートマ車もやる。車体も足回りも白紙から全部つくり直すと。そんなにできるのかという心配の声も上がりました。

要するに、自分たちがやっていることは本当に正しいのかという不安と、本当に自分たちに実現できるのかという不安、この2つの不安に集約されるわけですね。

会社でこうした不安の声が上がるのは、結局は我われ開発の人間が「サスティナブルZoom‐Zoom宣言」(※マツダ車をご購入いただくすべてのお客様に「走る歓び」と「優れた環境安全性能」を提供することを謳ったもの)を本当に理解していないからだと私は考えました。

「マツダモノ造り革新」を本当に成し遂げられるのだろうかという自分たち自身の不安に行き着くのです。私は開発部門の幹部社員を全員集めて、まず自分たちがこの不安を払拭し、信念を持って改革に取り組もうと説いて、奮起を促しました。

この体験を通じて確信していることは、遠くのゴールがハッキリイメージできると、足元に大きな障害があっても、きっと乗り越えようという覚悟ができるということです。これを乗り越えれば明るい未来に到達できることがハッキリするし、乗り越えない限り向こうに見える明かりには届かないことが自覚できるからです。

 ※(本記事は『致知』2016年1月号の記事を一部、抜粋したものです)

 

◇金井誠太(かない・せいた)

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昭和25年広島県生まれ。49年東京工業大学工学部卒業。東洋工業(現・マツダ)に入社。以後一貫して開発畑を歩む。チーフエンジニアとして開発に取り組んだ「初代アテンザ」は174の賞を受賞し、世界的に高い評価を得た。平成18年取締役専務執行役員。「スカイアクティブ・テクノロジー」の開発を指揮し、マツダ車のすべての要素を刷新。その後副社長、副会長を経て、26年会長。

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