1 月号ピックアップ記事 /対談
純国産量子コンピュータはこうして誕生した 中村泰信(理化学研究所量子コンピュータ研究センター センター長) 根来 誠(大阪大学量子情報・量子生命研究センター 教授)

先の大阪・関西万博で話題となった量子コンピュータは、我が国の重要な成長戦略分野の一つとして大きな期待が寄せられている。従来のコンピュータとの違い、そこから開けてくる世界はどのようなものなのだろうか。純国産の量子コンピュータ開発に初めて成功し、日本の量子コンピュータ研究を主導する中村泰信氏と根来誠氏は、いかにして未踏の地平を拓き進んできたのだろうか。2人の苦闘、その先に見据える未来とは──。

最初は真似でもいいからまず自分でやってみることです。
何もないところから独創性が生まれてくるはずはなくて、地道な学習の積み重ねがあって初めて新しいことが生まれてくると思っています
中村泰信
理化学研究所量子コンピュータ研究センター センター長
〈根来〉
中村先生、きょうはよろしくお願いします。対談の機会をいただいてとても嬉しく思います。
〈中村〉
私も楽しみにしていました。お目にかかるのは3か月ぶりくらいでしょうか。
〈根来〉
はい。中村先生をはじめとする専門家の方々と共同開発した純国産の量子コンピュータが7月28日に大阪大学で稼働して、記者会見にご出席いただいた時以来です。2023年に初めて国産の量子コンピュータ開発に成功して、今回は主要部品をすべて日本製で賄うことに成功したのはとても画期的なことでした。
〈中村〉
それを大阪・関西万博の会場とネットで結んで、たくさんの来場者の皆さんに操作を体験していただいたのも、非常に有意義なことでしたね。
〈根来〉
1年くらい前に、万博で量子関連の展示を計画しているという話を国から聞いて、他でもない地元大阪で開催される国際イベントなので、ぜひやらせてくださいと手を挙げました。そうしたら、会場に入ってすぐの所が大阪大学のブースになるというので、これは責任重大だなと。
皆さんに少しでも興味を持ってもらいたいと考えて、実際に量子コンピュータに触ることのできる体験型のブースにさせていただきました。小さな子たちには、量子コンピュータとゲーム対戦ができるコーナーも用意しました。
〈中村〉
公開前に展示内容を拝見しましたが、根来さんたちの頑張りで素晴らしいものができていて、これはきっと成功すると思いましたよ。
〈根来〉
僕は大阪の人間なのでよく分かるんですけど、大阪の家庭には前回1970年の大阪万博の時から万博への特別な思い入れがあるんです。ですから、この度の展示も絶対に面白いものにしなければという強い思いがありました。
結果的に約2万人もの方にブースに来ていただくことができました。今後量子コンピュータの開発がさらに進んで、ニュースで取り上げられる機会もどんどん増えていくでしょうね。その度に来場者の方々は「万博の時に触ったことがある」と、楽しい記憶を呼び覚ますことができると思うので、本当にやってよかったと思います。

このチャンスを逃したら、もう日本では量子コンピュータなんかつくらなくていいという空気になってしまうのではないかという強い危機感がありました。ですから、絶対に何とかしなきゃいけないという思いで僕は取り組んでいたんです
根来 誠
大阪大学量子情報・量子生命研究センター 教授
〈中村〉
量子コンピュータは、物理学の基本法則である量子力学の原理を利用して情報処理を行うことによって、スーパーコンピュータを含めた従来のコンピュータでは膨大な時間を要する計算を、短時間で効率的に行うことができるようになると期待されています。
分かりやすく言えば、巨大な迷路の出口を探す時に、従来のコンピュータが一つずつ道筋を確認していくのに対して、量子コンピュータはすべての道筋を同時に、一瞬で確認することができます。情報の処理速度を速くするだけでなく、情報処理の仕方そのものを変えることで、スーパーコンピュータで何万年もかかる計算を、量子コンピュータが数分で解くことも可能になるのです。
〈根来〉
2019年には、グーグルがスーパーコンピュータを超える量子コンピュータを開発したと発表しましたね。スーパーコンピュータのほうが情報処理能力は速いという反対論文もたくさん出ていましたが、量子コンピュータのほうもさらに高度な処理を行ったという論文も出続けています。
〈中村〉
たぶん触媒や医薬品の開発では早い段階に強みを発揮するでしょうね。開発で不可欠な化学反応のシミュレーションは、基本的に分子や原子の話で、量子力学に従って動いているわけですから、それを量子コンピュータでシミュレーションするのは理に適っています。
それから、いまブームのAIに量子コンピュータが応用できたらすごい世界が広がるかもしれないという期待も高まっています。……(続きは本誌をご覧ください)
本記事の内容 ~全10ページ~
◇純国産の量子コンピュータを大阪・関西万博で公開
◇量子コンピュータで何ができるか
◇日本の本当の強みとは
◇欠かせない研究パートナー
◇自分の興味を突き詰め超伝導量子ビットを実現
◇頑張れば何かを成せるかもしれない
◇流れ星への願いが叶う理由
◇「IBMやグーグルに勝つつもりですか?」
◇稼働実現までの苦闘
◇どうすれば独創性を発揮できるか
◇開発中止への強い危機感
◇奇跡を起こす条件
◇日々の小さな積み重ねこそが原動力
プロフィール
中村泰信
なかむら・やすのぶ――昭和43年大阪府生まれ。平成4年東京大学大学院工学系研究科超伝導工学専攻修士課程修了。日本電気㈱入社。13年オランダ・デルフト工科大学客員研究員。23年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻にて博士号取得。24年東京大学先端科学技術研究センター教授。令和3年理化学研究所量子コンピュータ研究センター設立に伴いセンター長に就任。4年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授。
根来 誠
ねごろ・まこと――昭和58年大阪府生まれ。平成23年大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻博士課程修了。同助教に就任。大阪大学先導的学際研究機構特任准教授などを経て、令和3年大阪大学量子情報・量子生命研究センター准教授・副センター長。キュエル㈱取締役CSO。7年大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授・副センター長。
編集後記
スーパーコンピュータで数万年もかかる計算を、数分で解くことも可能になるという量子コンピュータ。この次世代新技術の開発で日本を牽引する、理化学研究所量子コンピュータ研究センターセンター長の中村泰信さんと大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授の根来誠さんに語り合っていただきました。日本の強みは人。人あっての技術とのお話に、人間学の重要性を改めて実感しました。

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