逸話に見る安岡正篤師 田中角栄と周恩来

いま教科書問題などで中国との関係がギクシャクしていますが、もしいま安岡先生がいらっしゃれば、中国の日本に対する態度というのはずいぶん違っていたでしょうね。

思い出すのは、田中角栄さんが周恩来から「言必信行必果(げんかならずしん・ぎょうかならずか)」という色紙を贈られて得意満面の姿が新聞紙上をにぎわしたときの話です。
一見、素晴らしい人物評価に見えるんですね。
しかし安岡先生がすぐに、それは『論語』の人物評の一片で、三流の人物を表わすことを見抜かれて、周恩来の非礼を指摘されました。
「大平君がそばにおりながら、そういうことがわからないというのは、恥ずかしい話だ」とおっしゃったんです。
大平さんのことは先生も非常に買っておられたんですね。
それで、私はすぐ大平さんのところへ行ってそのことを伝えたら、大平さんは「いや、参りました。言われてみれば、まったくその通りだ」とおっしゃったんです。

よく私は、安岡先生に言われました。 「伊藤博文なんかが三十代で中国に行ったときに、彼の持っている教養と見識に、当時の中国の幹部が驚愕した」と。
そのくらい明治維新の若者っていうのは、単なる革命の意欲だけではなくて、本当に学を積んでいたんですね。
「治朗さん、そういうことをあなたたちは忘れちゃ駄目ですよ。明治維新というのはね、あの人たちの教養と見識による賜物なんです」と言われていたんです。

ウシオ電機会長・牛尾治朗(『致知』2001年10月号より)

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