安岡正篤

偉人

プロフィール

安岡 正篤 やすおか まさひろ
明治31年大阪市生まれ
大正11年東京帝国大学法学部政治学科卒業
昭和2年(財)金鶏学院、6年日本農士学校を設立、東洋思想の研究と後進の育成に努める。

戦後、24年師友会を設立、政財界のリーダーの啓発・教化に努め、その精神的支柱となる。中でも、昭和の名宰相とされる佐藤栄作首相から、中曽根康弘首相に至るまで、昭和歴代首相の指南役を務め、さらには三菱グループ、東京電力、住友グループ、近鉄グループ等々、昭和を代表する多くの財界人に師と仰がれた。その教えは人物学を中心として、今日なお日本の進むべき方向を示している。58年12月逝去。

「平成」の元号の考案者

安岡正篤師は昭和20年8月15日、昭和天皇によるいわゆる「玉音放送」で発せられた「終戦の詔勅」の草案作成にもかかわり、また「平成」の元号の考案者でもありました。まさに日本の歴史をつくられた大碩学でありました。
しかし安岡正篤師の本当のすごさは、その人格が慕われ、没後35年たった今日にしてなお、安岡師の人徳、人柄を慕い、私淑する人が多いということです。今日的な言葉でいえば、その「人間力」が、死してなお、多くの人たちに深い感化の力を持ち、影響を及ぼしているということです。

逸話に見る安岡正篤師