逸話に見る安岡正篤師 弟子に宛てた密書
昭和二十年の二月に、私は先生から極秘の封書をいただきました。それには、「この戦いに日本は必ず敗れる」ということが書かれてありました。戦局は確かに悪くなっておったけれど、まだ普通の人は戦争に負けるという実感はなかったと思う。それと敗戦というような言葉を使うことはタブーですから、これにはびっくりしました。ゆえに秘密の手紙と称しているわけです。
残念ながら、この手紙は手許に残っておりませんが、「このまま行けば日本は必ず敗戦する。しかしこれは軍と官が敗れるのであって、国民が敗れるわけではない。ゆえに神州は不滅である。その時に今後は七転び八起きの精神で、日本を復興させねばならない。そのためには今の自分の仕事に精を出すことだ」というようなことが書かれていました。
事実その時分、先生は、このままいけば日本は不幸な立場に立つと考えて、中国との関係を速やかに収めようと、民間外交を考えておられたのです。
(伊與田覺著『安岡正篤先生からの手紙』より)