逸話に見る安岡正篤師 啐啄同機

主人(佐藤栄作元総理大臣)は、古くから安岡先生にご指導を仰いできました。
七年八か月の総理在職中、施政方針演説、所信表明演説だけでも二十一回行っていますが、そのすべてを安岡先生にみてもらったそうです。

その中で一番印象に残っているのは、やはり引退表明演説の中の言葉ですね。
「啐啄同機(さいたくどうき)」という言葉です。

この意味は、卵が孵化するときは、卵の中のヒナが殻を自分のくちばしで破ろうとし、また親鳥も外からその殻を破ろうとする、そのタイミングがピタッと一致するからこそ、ヒナ鳥はこの世に生を受けて外の世界に出ることができる、という禅語です。
ヒナが殻を内から破ろうとするのが、また親鳥が殻を外から破ろうとするのが早すぎても遅すぎてもいけない、その絶妙な自然の摂理の時を「啐啄同機」というわけです。

主人は在職中よく「待ち」の政治家といわれました。
なかなか実行に移さないと陰口をたたかれたこともあります。
でも、それは主人に言わせると、啐啄同機の時を待っていたことなんですね。
機が熟するのをじっと待ち、ここぞ、と決めたら一気呵成に実行するわけです。
安岡先生も、実に主人にふさわしい言葉を用意してくださいましたね。

佐藤栄作元総理大臣夫人(『致知』1984年3月号より)