北条政子、徳川家康も愛読した帝王学の教科書:『貞観政要』に学ぶリーダーの絶対条件

かの北条政子や徳川家康、さらには明治天皇までもが愛読したという帝王学の教科書『貞観政要』(じょうがんせいよう)。上に立つ者のあり方が強く問われるいま、熱い注目を集めている東洋有数の古典です。本記事では、生前〝知の巨人〟と称された渡部昇一氏、ベストセラー『人間通』で知られた谷沢永一氏(ともに故人)がその魅力を語り合った一冊『[新装版]貞観政要』(致知出版社刊)より抜粋。二人の碩学が辿り着いた、上に立つ者の「絶対条件」とは——。

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「悪口を真に受けない」こと

〈谷沢〉
これは貞観の初年の話とありますが、讒言(ざんげん)悪口について太宗が臣下と語っています。魏徴が太宗の問いに答えて、

「臣(しん)嘗(かつ)て古(いにしえ)より国を有(たも)ち家を有つ者を観るに、若(も)し曲げて讒譖(ざんしん)を受け、妄(みだり)に忠良を害すれば、必ず宗廟丘墟(そうびょうきゅうきょ)、市朝霜露たらん。願わくは陛下深く之を慎まんことを」

と言っています。つまり、

「私が古来より国家を保有する者を見るところによると、道理に外れて悪口を聞き入れて、やたらに忠義な人を迫害すれば、宗廟は荒れ果てた丘となり、朝廷も市場も草が生い茂って霜や露ばかりになってしまいます。
 ですから、どうか陛下はこのことについて深く戒め慎んでいただきたいものでございます」

という意味になります。要するに、讒言や人の悪口を聞きなさんな、と言っているわけですね。悪口を真に受けると国家が危うくなりますぞ、と。

〈渡部〉
これは今の経営者にも当てはまる教訓でしょうね。

〈谷沢〉
そうです。たとえば僕が誰かの悪口を言うと、それが何か耳よりなニュースであるというふうに吹聴(ふいちょう)する人が多いんですよ。悪口ほど面白いものはありませんからな。

だから悪口を聞きなさんな、と。そしてあくまでも心根の正しい、優秀な人の言うことを聞かなければ駄目ですよと魏徴は注意しているわけですな。

  〔中略〕

太宗は故事先例を巧みに引いていますけれど、今すぐ当面する課題に対処してくれる者に対する依怙贔屓(えこひいき)は人情の自然とも見倣されますけれど仕様がない。

〈渡部〉
それどころか、太宗を殺そうとした側に仕えていたやつのほうが先に出世しているのはおかしいじゃないか、と当然思うでしょう。ところが太宗は、万民のために役立つかどうかを物差しにしているだけである、と言い切っているわけです。これは人材登用を考える場合のいい教訓ですね。

〈谷沢〉
秤(はかり)が物の重さを量るように、自分は公平である、と。これは上に立つ者に大切な心がけではありますが、現実にはバランスをとるのがなかなか難しい。太宗のときだって、陰で悪口を言う輩もいたことでしょうな。

これに対して太宗がどう対応したかというと、

「自分は極めて公平に天下を治めているのであって、房玄齢や杜如晦を任用しているのは、勲功のためではなく才能があるからである。陳師合は悪口を言って君臣の間を隔てようとしている」

とはっきりと言って、陳師合を流罪にしているんです。これはなかなか厳しいやり方ですが、悪口を聞かないということは何遍も繰り返し言っていますね。

〈渡部〉
そうですね。

〈谷沢〉
だいたい世間で人が喜ぶのは悪口なんですよ(笑)。

〈渡部〉
人の口に戸は立てられないというわけです。

すぐれたリーダーは必ず●●●の声に耳を傾けている

〈渡部〉
『貞観政要』というのは年代順に並べられていないために話が前後してしまいますが、貞観元年に「君臣(くんしん)相遇(あいあ)ふこと、魚水(ぎょすい)に同じき有れば、則ち海内(かいだい)、安(やす)かる可(べ)し」と太宗が言っています。

君子と家臣が相合うこと魚と水のようであれば国内は安泰であると。これはつまり、良き君臣の出会いが重要であるという話ですね。

これに対して諫臣の王珪が「木、縄(じょう)に従えば則ち正しく、君、諫(かん)に従えば則ち聖(せい)なり」と言っています。どんなに曲がった木でも墨縄(すみなわ)に従って切ればまっすぐになるし、どんな君主であっても、諫言を呈する家臣に従えば聖なる君主になれるものだと。

〈谷沢〉
そのとおりに立派な君主になったわけですが、それでも治世が長く続いた頃になると、魏徴が「陛下は最初のうちは大変謙虚で直言を聞くたびに喜びが顔にあふれていたけれど、この頃はお心が満足して得意げになってきました」と言っているように、どうしてもタガが緩んでくることがあったようです。するとそこで魏徴がまた締めにかかるわけですね。

〈渡部〉
そう言われても怒らないのが太宗の立派なところです。それは太宗自身、意識して努めていたようですね。貞観5年に、こう言っています。

「古来から皇帝というものは自分の感情に任せて喜んだり怒ったりして、喜んだときにはあまり功績もない者に恩賞を与え、怒ったときにはむやみに罰を与える。これは慎まなければならない」と。

そして、「世の中が乱れるのは皇帝がこういう無反省な行動をするからだ。だから自分は朝から晩までこれを心している。お前たちも情を尽くして必ず我を諫め続けろよ」と。

〈谷沢〉
えらいもんです。諫言を呼びこむための誘い水ですね。

〈渡部〉
これと同じようなことですが、弓の話というのが出てきますね。太宗は非常に弓が好きで、自分は弓の名人だから弓のことならなんでもわかると自負していたんです。

ところが、自分ではいい弓だと思っていた十数丁を弓づくりの職人に見せたところ、「いい材料じゃありません」と否定されてしまう。「この弓は木の木目が曲がっているから、矢はまっ直ぐに飛びません」と言われて、太宗はなるほどと感心するんです。

そこでまた学ぶわけですね。自分が得意の弓でも専門家に見せるとこれほど駄目なのか、いわんや政治においてをや。そして

「自分は天子になって日が浅いから、政治については何もわかっていないに相違ない」

と言っています。これは非常に自省的な言葉ですね。

〈谷沢〉
太宗自身も年中、諫臣たちを頭に浮かべながら、いろいろと反省していたのでしょう。諫臣の言ってくることをあらかじめ想定していた場合もあるでしょう。

〈渡部〉
専門家と自分のうぬぼれは違うことを悟ったわけです。自分は弓が得意で、それを駆使して天下を取ったんだから、見立てに自信があったはずです。しかし、専門家に見せると、この弓は駄目です、この弓も駄目です、この弓も駄目です、と言われてしまった。

そこで自分が得意の弓でも専門家に見せればそんなものか、と。ならば政治でも、俺がいいと思ってやっていても駄目なこともあるだろうから、お前たち、それぞれの専門家が躊躇(ちゅうちょ)なく忠言しろよ、というわけです。この専門家を重んじるという精神は重要ですね。

〈谷沢〉
ええ。これは現代でも当てはまるでしょう。本当のリーダーは専門家の言うことをよく聴きますよ。ただし、その専門家というのにもピンからキリがあるから、本物の専門家であるかどうかを見定めなければならない。その判断の基準は、実績があるかどうかでしょう。たとえばエコノミストならば、予言をして当たったことがあるかどうかを見ればいいわけです。

〈渡部〉
そのためには現場をよく知っていなければならないわけですね。いくら頭が良くても、現場体験のない人たちだけで考えていると誤ることになりかねません。


(本記事は『[新装版]貞観政要』〈致知出版社〉より一部を抜粋・編集したものです)

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◇谷沢永一(たにざわ・えいいち)
昭和4 年大阪府生まれ。32 年関西大学大学院博士課程修了。関西大学文学部教授を経て、平成3 年より名誉教授。文学博士。専門は日本近代文学、書誌学。社会評論でも活躍した。平成23 年逝去。著書に『人間通になる秘中の名言』(P HP 研究所)、『人間通』(新潮社)など多数。

◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5 年山形県生まれ。30 年上智大学文学部大学院修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr. phil., Dr. phil. h. c. 平成13 年から上智大学名誉教授。幅広い評論活動を展開した。平成29 年逝去。著書は専門書のほかに『渡部昇一の少年日本史』『幸田露伴の語録に学ぶ自己修養法』(いずれも致知出版社)など多数。

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