2019年01月16日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。今回も広島。雨の中での厳しい行脚が続きます。
広島市から東広島市へ
ビルが姿を消し、普通の家並み。そして、国道は次第に山道に変わる。夕方、八本松という小さな町に着いた。夜の食事をかねてうどん屋さんに入り、
「この辺に旅館ありますか?」
と尋ねると店主が振り返って手で示した。
「そこにビジネスホテルがありますよ」
なるほど、そこだ。大きな看板が見える。
「そこから左に行くと他に2軒の旅館がありますよ」
そうか3軒あれば何とかなる。とすっかり安心してうどんを頂いた。終って、ビジネスホテルを尋ね、フロントに声を掛けた。
「宿泊をお願いしたいのですが」
「お名前は」
「小林義功です」
デスクのメモ用紙を懸命に見ている。
「あれ! おかしいな? 無いなぁ。」
「予約はしていません。今日、泊まりたいんですが?」
「ああ、そうか。すいません。今日はいっぱいなんです」
と断られた。しかし、大丈夫。まだ2軒あると楽観していたが、いずれも満室であった。ここから東広島市まではまだ8キロ。そこで泊まれるという保証もない。
どうするか。ひとまず八本松の駅に行こう。そして、駅前のベンチに腰を下ろした。リュックから帳面を出して日記を書き終えたら、瞼が自然に閉じた。如何しよう? 疲れた。ここで一夜過ごせば宿泊代が助かるがどうする? 寝てはいないと思っていたが、いつの間にか眠っていたらしい。
「もし、もし、お泊りですか」
突如、耳元で声がした。驚いて目を開けると駅員さんです。
「ここは9時でシャッターが下ります」
すかさず畳み込んで来た。言葉は丁寧だがきっぱりしている。
「すいません」
と時計を見ると針は9時を差していた。もう、こんな時間か。とっさに立ち上がって、正面前方を見ると駅の外は雨だ。慌てて雨具を取り出して、リュックの上から羽織った。頭には網代笠、手に錫杖を取ると雨の中へ飛び出した。
なにものかに感謝し合掌
国道を東へ進んだ。ゆるやかな勾配はこんもりした山に向かう。網代笠とカッパで雨を防いではいるが隙間から入り込む。衣のすそ。脚絆。行者足袋はびっしょり。それに寒い。11月だ。無理もない。
国道が高くなるにつれ、左手の眼下に雨雲につつまれた町並みが見える。沢山の屋根が並び、窓という窓から明りが灯る。そして家族の温もりがある。まぶしく輝いている。
しかし、私の体を休める場所はない。これだけ家があるのに。胸にズシーンと来た。これには堪えた。ずぶ濡れでこの疲れた体を引きつりながら、この夜道を一人で歩く。まだまだ東広島まで2時間、夜も11時になるか。目頭がポッと熱くなり涙が溢れてくる。
しばらくすると家並みは視界から消えた。雨に打たれる道路に視線を落とし、ただ黙々と歩く。唇を真一文字に閉じ、表情も消えている。足は冷たいし、寝たい、休みたいと思っても如何しようもない。歩くことを止めることさえ出来ない。
40分ほど経ったか? 突然、右手に1軒の旅館があった。こんなところに・・・助かったと思いつつ。また、断られたらと警戒した。期待と不安が交錯する。
玄関で網代笠と雨具を取り中に入ると、フロントにご主人が立っていた。
「素泊まりでお願いしたいのですが」
「どうぞ」
その明るい一言に救われた。切羽詰った心の蓋がポロッと外れた。張り詰めた神経がやわらいだ。
ここのご主人、私の托鉢姿に興味をもったか。次々仏教の質問をしてくる。一刻も早く部屋に行きたい。それが本音であるが、なかなか離さない。少々閉口したが、最後にチェックアウトの時間を聞いた。
「何時でもいいですよ」
嬉しかった。これでゆっくり休める。心はすっかり明るくなった。
部屋に案内され荷物を下ろすと、着ている物を全部持って風呂場に直行。洗濯機に入れてスイッチ・オン。ベトベトの体を洗って、そうそうに風呂の湯に浸かった。この温もりがこたえられない。目を閉じて静かに体を休めた。動く気力がない。洗濯が終わるまでそのまま横たわっていた。
部屋は暖房で暖かい。洗濯物をハンガーにかけ次々吊るして、ベットにもぐりこんだ。布団の肌触りがサラッとして柔らかい。この感触は天のものか。感激した。この肉体がその楽しみと幸せをたっぷり味い、感謝の叫びを上げていた。
「よくぞ、ここに旅館があった。旅館が・・・。なければ今頃はまだ雨の中か・・・。良くぞ。良くぞ」
私の肉体がなにものかに感謝し合掌している。そして、いつの間にか眠ってしまった。